尚武論 / 太平に慣れて武を忘れる危うさ
使天下之命。獨制於一人。致諸祖宗之世。亦猶更姓改物也。云云。吁。封建之政爲郡縣。國體變矣。古者聖王之世。民藉戎政。柄常在上。故四方有事。則天子親征。迨中世。至文辭爲弄。則觀干戈如敵屬。一委之武臣。自視尊大。卑武臣爲奴隸。上下隔遠。文武日離離。武國之實安在乎。是以 朝廷自衰而武臣興。國勢亦變。我邦武之所在。則勢之所存。有武者盛。無武者衰。 帝大友文也。竟不克戡 天武之武。平家文也。終不能勝源氏之武。南朝文也。卒不能克足利之武。夫新田楠武臣也。躬屬南朝。則不克得志。勢之自然耳。或曰。尊氏之西奔。義貞不爲追而擊之。殆誤事機。楠奏言不報。憤激早歿。所以南朝不振也。余謂。義貞正成。雖有知勇乎。惡勝天之所助者乎哉。天之所助。智不能測。勇不能奪耳。天之所助。卽在武也。神代諾冊二神。瓊矛定天下。歷世之久。天下復亂。 神武天皇。一旦戡定之。所謂一治一亂。是也。爾後亦朝廷文弱。臻足利氏季。衰亂極矣。迨 神君龍興。其所用莫非熊羆之士。遂克服天下。天下歸于一。海內安寧。以至今日。不亦盛乎。是則天地神明所祐。 神武天皇之後。亘數千載。皇統繁衍。繼續不絶。乃如我 神君。亦其種胤。奕葉蔓衍。充于天下。武德之盛。實度越前古。神明所祐。可以知也。乃知武威與 皇統並立。幾百萬歲。與天地悠久。固不俟占卜也。唯恐大平之久。人就逸樂。流驕奢。忘義求利。去實務虛。喪誠懷詐。離懋隨便。其極至失武德。今察世上之俗。僧徒極衆。而武士少。商賈常盛。而農民減。游民自多。而工職耗。國自取貧乏。
新字:使天下之命。独制於一人。致諸祖宗之世。亦猶更姓改物也。云云。吁。封建之政為郡県。国体変矣。古者聖王之世。民藉戎政。柄常在上。故四方有事。則天子親征。迨中世。至文辞為弄。則観干戈如敵属。一委之武臣。自視尊大。卑武臣為奴隸。上下隔遠。文武日離離。武国之実安在乎。是以 朝廷自衰而武臣興。国勢亦変。我邦武之所在。則勢之所存。有武者盛。無武者衰。 帝大友文也。竟不克戡 天武之武。平家文也。終不能勝源氏之武。南朝文也。卒不能克足利之武。夫新田楠武臣也。躬属南朝。則不克得志。勢之自然耳。或曰。尊氏之西奔。義貞不為追而撃之。殆誤事機。楠奏言不報。憤激早歿。所以南朝不振也。余謂。義貞正成。雖有知勇乎。悪勝天之所助者乎哉。天之所助。智不能測。勇不能奪耳。天之所助。即在武也。神代諾冊二神。瓊矛定天下。歴世之久。天下復乱。 神武天皇。一旦戡定之。所謂一治一乱。是也。爾後亦朝廷文弱。臻足利氏季。衰乱極矣。迨 神君竜興。其所用莫非熊羆之士。遂克服天下。天下帰于一。海内安寧。以至今日。不亦盛乎。是則天地神明所祐。 神武天皇之後。亘数千載。皇統繁衍。継続不絶。乃如我 神君。亦其種胤。奕葉蔓衍。充于天下。武徳之盛。実度越前古。神明所祐。可以知也。乃知武威与 皇統並立。幾百万歳。与天地悠久。固不俟占卜也。唯恐大平之久。人就逸楽。流驕奢。忘義求利。去実務虚。喪誠懐詐。離懋随便。其極至失武徳。今察世上之俗。僧徒極衆。而武士少。商賈常盛。而農民減。游民自多。而工職耗。国自取貧乏。
書き下し
天下の命をして、独り一人に制せしむ。諸を祖宗の世に致すも、亦猶ほ姓を更め物を改むるがごときなり、云云。吁、封建の政、郡県と為り、国体変ぜり。古は聖王の世、民は戎政に藉り、柄は常に上に在り。故に四方に事有れば、則ち天子親征す。中世に迨び、文辞を弄ぶに至れば、則ち干戈を観ること敵属のごとく、一に之を武臣に委ね、自ら視ること尊大、武臣を卑しみて奴隷と為す。上下隔遠し、文武日に離離たり。武国の実安くに在らんや。是を以て朝廷自づから衰へて武臣興り、国勢も亦変ず。我が邦は武の在る所、則ち勢の存する所なり。武有る者は盛んに、武無き者は衰ふ。帝大友は文なり、竟に天武の武に克つこと能はず。平家は文なり、終に源氏の武に勝つ能はず。南朝は文なり、卒に足利の武に克つ能はず。夫れ新田・楠は武臣なり。躬ら南朝に属すれば、則ち志を得ること克はざるは、勢の自然のみ。或ひと曰く、尊氏の西奔するや、義貞追ひて之を撃たず、殆ど事機を誤れり。楠、奏言して報いられず、憤激して早く歿す。南朝の振はざる所以なり、と。余謂へらく、義貞・正成、知勇有りと雖も、悪くんぞ天の助くる所に勝たんや。天の助くる所は、智も測る能はず、勇も奪ふ能はざるのみ。天の助くる所は、即ち武に在り。神代、諾冊の二神、瓊矛もて天下を定むるも、歴世の久しきに、天下復た乱る。神武天皇、一旦にして之を戡定す。所謂一治一乱是れなり。爾後も亦朝廷文弱、足利氏の季に臻りて、衰乱極まれり。神君龍興するに迨び、其の用ふる所熊羆の士に非ざる莫く、遂に天下を克服して、天下一に帰し、海内安寧、以て今日に至る。亦盛んならずや。是れ則ち天地神明の祐くる所なり。神武天皇の後、亘ること数千載、皇統繁衍し、継続して絶えず。乃ち我が神君の如きも、亦其の種胤にして、奕葉蔓衍して天下に充つ。武徳の盛んなること、実に前古に度越す。神明の祐くる所、以て知るべし。乃ち知る、武威は皇統と並び立つこと幾百万歳、天地と悠久なること、固より占卜を俟たざるなり。唯だ恐る、大平の久しきに、人逸楽に就き、驕奢に流れ、義を忘れ利を求め、実を去りて虚を務め、誠を喪ひて詐を懐き、懋を離れて便に随ひ、其の極み武徳を失ふに至らんことを。今、世上の俗を察するに、僧徒極めて衆くして武士少なく、商賈常に盛んにして農民減じ、游民自づから多くして工職耗す。国自づから貧乏を取る。
現代語訳
天下の命令を、ただ一人の手に制させることになりました。これを祖宗の世に及ぼしても、姓を改め物を改めるのに等しいことです、云々。ああ、封建の政が郡県となり、国の体が変わりました。古の聖王の世には、民は軍政に関わり、権柄はいつも上にありました。だから四方に事があれば、天子が自ら親征しました。中世になると、文辞をもてあそぶに至り、武器を見ることは敵に属するもののようになり、すべてを武臣に委ね、自らは尊大に構え、武臣を卑しんで奴隷としました。上下は隔たり、文武は日に日に離れていきました。武国の実はどこにあるのでしょうか。このため朝廷はおのずと衰えて武臣が興り、国勢もまた変わりました。我が国は武のあるところに勢いがあります。武のある者は盛んになり、武のない者は衰えます。大友帝(大友皇子)は文であり、ついに天武天皇の武に勝つことができませんでした。平家は文であり、ついに源氏の武に勝てませんでした。南朝は文であり、ついに足利の武に勝てませんでした。新田・楠は武臣ですが、自ら南朝に属したので、志を遂げられなかったのは、勢いの自然なのです。ある人は言います。「尊氏が西へ逃れたとき、義貞が追撃しなかったのは、ほとんど機を誤ったものだ。楠が上奏したのに聞き入れられず、憤激して早く亡くなった。これが南朝が振るわなかった理由である」と。私が思うに、義貞・正成に知勇があっても、天が助けるところにどうして勝てるでしょうか。天の助けるところは、智でも測れず、勇でも奪えません。天の助けるところは、すなわち武にあります。神代に伊弉諾・伊弉冉の二神が瓊矛で天下を定めましたが、年月が久しくなると天下はまた乱れました。神武天皇が一旦これを平定されました。いわゆる一治一乱がこれです。その後も朝廷は文弱となり、足利氏の末に至って衰乱は極まりました。神君(徳川家康)が龍のように興るに及んで、用いたのは熊羆のような勇士ばかりで、ついに天下を克服し、天下は一つに帰して、国内は安寧となり、今日に至っています。何と盛んなことではありませんか。これは天地神明が助けたものです。神武天皇の後、数千年にわたり、皇統は繁栄して絶えることなく続いています。そして我が神君もまたその子孫であり、代々広がって天下に満ちています。武徳の盛んなことは、実に前古を超えています。神明の助けは、これで知ることができます。そこで分かるのは、武威は皇統と並び立って幾百万年、天地とともに悠久であり、もとより占いを待つまでもないということです。ただ恐れるのは、太平が久しく続くと、人は逸楽につき、驕りや奢りに流れ、義を忘れて利を求め、実を去って虚を務め、誠を失って偽りを懐き、勤勉を離れて安易に従い、その果てに武徳を失うことです。今、世の風俗を観察すると、僧徒が極めて多く武士は少なく、商人はいつも栄えて農民は減り、遊民はおのずと多くなり職人は減っています。国はみずから貧しさを招いています。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集醒・事は脫空を忌み人は落套を怕る事は脫空を忌み、人は落套を怕る。
-
『武訓』上・第7段兵錄にいはく、士をしらぶる法に曰、用ふべからざる者五あり。一には、市中に居て、あそびたはふれて、ゆるやかにそだちたる者。二には、花鎗花刀とて、やり太刀をつかふに、花やかにうつくしきを專にして、敵にかつことを專にせざる藝は用なし。三には、年四十をこえて、ちからよわき人。四には、好んで大言をなして、僞をいひ、あだこと多くいふ人は、實なるはたらきなし。五には、面白く膽よわき人は、つよきはたらきなりがたし。
-
言志四録・言志晩録 第百八十三条 寧ろ実響有るも虚声有る勿れ名誉は、人の争ひ求むる所にして、又人の群がり毀る所なり。君子は只是れ一実のみ。寧ろ実響有るも、虚声有ること勿れ。
-
『韓非子』解老第二十所謂「彼を去りて此れを取る」とは、貌・径絶を去りて縁理・好情実を取るなり。故に曰く、「彼を去りて此れを取る」と。
-
言志四録・言志晩録 第百八十二条 聞と達管絃堂に在りて、声四方に聞こゆるは、聞なり。巌石谷に倒れて、響大地に徹するは、達なり。
-
尚書・周官明王の政を立つるや、其の官のみならず、其の人のみす。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る