導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

尚武論 / 実を重んじ、虚飾を捨てて学ぶ

有志之人。心竊危之。昔在 清和天皇。幼而即位。不能自臨祚。使外戚藤原氏攝政。藤原氏竟世其職。自是而君弱臣强。時又創莊園。而正稅減少。上貧下富。國勢自衰。當時大臣。早覺其季不可救。而欲遽改之。河原左大臣。及前中書王。身居皇族。竟不得其志。況菅原公雖位立三臺。本在臣位。則徒見黜而止。可嘆哉。魯隱公身居攝位。而不能卽位。自視不能爲君。臣下又不仰爲君。而公室竟弱。三桓自盛。孔子欲張公室黜三桓。其志亦不成。其著春秋。寓意於隱公不書卽位。余每嘆曰。菅公救之於事未成之首。孔子糾之於事已成之後。聖賢之旨。其揆一也。噫朝廷之衰。國勢之不振。其機百端。要之文華爲之害。最居多矣。宜擇眞儒用之。助吾武道也已。擇眞儒用之。儒何害道。今舉世用非儒者。曰儒道害國。是以罪儒者。眞儒不受也。唯我方所不足者文也。聖人樂資於人爲善。文宜資之於彼也。唯文國之文。以我邦視之。自如過於文者。姑舉一言之。父母之喪。哭泣擗踊足矣。以人代哭。爲更甚也。有神主足矣。立重設魂帛。爲更煩也。此皆虛飾。勿傚之可也。文章之道。立誠達意。彼方之文。有古今之差。有各家之風。今擬之欲巧。此則虛飾。勿學之可也。我國上古之文。多皆主實。故六國史類屬不朽。後之文人。其所著書。自謂摸擬史漢。依倣韓歐。果其不朽之典耶。要之。今之所謂文人儒者。游民之徒耳。儒者已如此。況佛者。又不足算已。我邦武國。自有武士道。此不假儒道。不用佛意。我邦自然之道也。文國尚孝。武國尚忠。夫眞田幸綱。叛父事君。九鬼守隆。助君攻父。

新字:有志之人。心窃危之。昔在 清和天皇。幼而即位。不能自臨祚。使外戚藤原氏摂政。藤原氏竟世其職。自是而君弱臣強。時又創荘園。而正税減少。上貧下富。国勢自衰。当時大臣。早覚其季不可救。而欲遽改之。河原左大臣。及前中書王。身居皇族。竟不得其志。況菅原公雖位立三台。本在臣位。則徒見黜而止。可嘆哉。魯隠公身居摂位。而不能即位。自視不能為君。臣下又不仰為君。而公室竟弱。三桓自盛。孔子欲張公室黜三桓。其志亦不成。其著春秋。寓意於隠公不書即位。余毎嘆曰。菅公救之於事未成之首。孔子糾之於事已成之後。聖賢之旨。其揆一也。噫朝廷之衰。国勢之不振。其機百端。要之文華為之害。最居多矣。宜択真儒用之。助吾武道也已。択真儒用之。儒何害道。今舉世用非儒者。曰儒道害国。是以罪儒者。真儒不受也。唯我方所不足者文也。聖人楽資於人為善。文宜資之於彼也。唯文国之文。以我邦視之。自如過於文者。姑舉一言之。父母之喪。哭泣擗踊足矣。以人代哭。為更甚也。有神主足矣。立重設魂帛。為更煩也。此皆虚飾。勿傚之可也。文章之道。立誠達意。彼方之文。有古今之差。有各家之風。今擬之欲巧。此則虚飾。勿学之可也。我国上古之文。多皆主実。故六国史類属不朽。後之文人。其所著書。自謂摸擬史漢。依倣韓欧。果其不朽之典耶。要之。今之所謂文人儒者。游民之徒耳。儒者已如此。況仏者。又不足算已。我邦武国。自有武士道。此不仮儒道。不用仏意。我邦自然之道也。文国尚孝。武国尚忠。夫真田幸綱。叛父事君。九鬼守隆。助君攻父。

書き下し

有志の人、心に窃かに之を危ぶむ。昔、清和天皇、幼くして即位し、自ら祚に臨む能はず、外戚藤原氏をして摂政せしむ。藤原氏竟に世々其の職に居り、是より君弱く臣強し。時に又荘園を創め、正税減少し、上は貧しく下は富み、国勢自づから衰ふ。当時の大臣、早く其の季の救ふべからざるを覚り、遽かに之を改めんと欲す。河原左大臣及び前中書王、身は皇族に居れども、竟に其の志を得ず。況んや菅原公は位三台に立つと雖も、本臣位に在れば、則ち徒らに黜けられて止む。嘆くべきかな。魯の隠公は身摂位に居りて即位する能はず、自ら視て君たる能はず、臣下も又仰ぎて君と為さず、公室竟に弱く、三桓自づから盛んなり。孔子、公室を張り三桓を黜けんと欲せしも、其の志も亦成らず。其の春秋を著すに、意を隠公の即位を書せざるに寓す。余、毎に嘆じて曰く、菅公は之を事未だ成らざるの首に救ひ、孔子は之を事已に成れるの後に糾す。聖賢の旨、其の揆一なり、と。噫、朝廷の衰へ、国勢の振はざる、其の機百端、之を要するに文華の害を為すこと、最も多きに居る。宜しく真儒を択びて之を用ひ、吾が武道を助けしむべきのみ。真儒を択びて之を用ひなば、儒何ぞ道を害せん。今、世を挙げて非儒者を用ひ、曰く、儒道は国を害す、と。是を以て儒者を罪す。真儒は受けざるなり。唯だ我が方の足らざる所は文なり。聖人は人に資りて善を為すを楽しむ。文は宜しく之を彼に資るべし。唯だ文国の文は、我が邦を以て之を視れば、自づから文に過ぐるが如き者あり。姑く一言を挙げん。父母の喪に、哭泣擗踊して足れり。人を以て哭を代ふるは、更に甚だしと為すなり。神主有りて足れり。重を立て魂帛を設くるは、更に煩はしと為すなり。此れ皆虚飾なり。傚ふこと勿くして可なり。文章の道は、誠を立て意を達す。彼の方の文は、古今の差有り、各家の風有り。今之に擬して巧みならんと欲す。此れ則ち虚飾なり。学ぶこと勿くして可なり。我が国上古の文は、多く皆実を主とす。故に六国史の類は不朽に属す。後の文人、其の著す所の書、自ら史漢に摸擬し、韓欧に依倣すと謂ふ。果たして其れ不朽の典ならんや。之を要するに、今の所謂文人儒者は、游民の徒のみ。儒者すら已に此くのごとし。況んや仏者は、又算ふるに足らざるのみ。我が邦は武国なり。自づから武士道有り。此れ儒道を仮らず、仏意を用ひず、我が邦自然の道なり。文国は孝を尚び、武国は忠を尚ぶ。夫れ真田幸綱は父に叛きて君に事へ、九鬼守隆は君を助けて父を攻む。

現代語訳

志ある人は、心ひそかにこれを危ぶんでいます。昔、清和天皇は幼くして即位され、自ら位に臨むことができず、外戚の藤原氏に摂政をさせました。藤原氏はついに代々その職に就き、これ以後、君は弱く臣は強くなりました。このころまた荘園が始まり、正税が減少して、上は貧しく下は富み、国勢はおのずと衰えました。当時の大臣は、早くその末が救えないことを悟って、急いで改めようとしました。河原左大臣および前中書王は、身は皇族でありながら、ついにその志を遂げられませんでした。まして菅原公は位が三公に立ちながら、もともと臣下の位にあったので、むなしく退けられるだけに終わりました。嘆かわしいことです。魯の隠公は摂政の位にいて即位することができず、自らも君たりえないと思い、臣下もまた君として仰ぎませんでした。公室はついに弱く、三桓がおのずから盛んになりました。孔子は公室を張り、三桓を退けようとしましたが、その志もまた成りませんでした。『春秋』を著すに当たり、隠公の即位を書かないことに意を寓しました。私はいつも嘆いて言います。菅公はこれを事が成る前の初めに救おうとし、孔子はこれを事が成ったあとに糾しました。聖賢の趣旨は、その理は一つです、と。ああ、朝廷が衰え、国勢が振るわなかった原因は多くありますが、要するに文華の害が最も大きいのです。真の儒者を択んで用い、私たちの武道を助けさせるべきです。真の儒者を択んで用いるなら、儒がどうして道を害するでしょうか。今、世を挙げて儒者でない者を用い、「儒道は国を害する」と言って、儒者を罪しています。真の儒者はこれを受け入れません。ただ我が方に足りないのは文です。聖人は人から取り入れて善をなすことを楽しみます。文はあちらから取り入れるのがよいのです。ただし文国の文は、我が国から見れば、おのずと文に過ぎるようなものがあります。しばらく一つだけ挙げましょう。父母の喪に、哭泣して胸を打ち足を踏み鳴らせば十分です。人を雇って代わりに哭かせるのは、さらに度が過ぎています。神主があれば十分です。重を立て魂帛を設けるのは、さらにわずらわしいことです。これらはみな虚飾です。倣わなくてよいのです。文章の道は、誠を立てて意を伝えることです。あちらの文には、古今の差があり、各家の風があります。今これに似せて巧みになろうとしています。これは虚飾です。学ばなくてよいのです。我が国の上古の文は、多くがみな実を主としていました。だから六国史の類は不朽に属します。後の文人は、その著した書を、自ら史記・漢書に倣い、韓愈・欧陽脩に倣ったと称します。果たして不朽の書でしょうか。要するに、今の文人や儒者は、遊民の徒にすぎません。儒者でさえすでにこのとおりです。まして仏者は、数えるに足りません。我が国は武の国です。おのずから武士道があります。これは儒道を借りず、仏の意も用いない、我が国の自然の道です。文の国は孝を尚び、武の国は忠を尚びます。真田幸綱は父に背いて主君に仕え、九鬼守隆は主君を助けて父を攻めました。

解説

文華が朝廷を弱め、それを正す志ある人は退けられてきたと述べ、虚飾を捨てて実を重んじ、他から学ぶべきは学ぶことを説く一節です。喪礼や文章の飾りを虚飾とする見方は著者の立場であり、最後の忠孝の記述は、当時の武士の価値観を示す歴史的な記述として読みます。現代では、形式的な資料づくりや儀礼的な会議が目的化していないかを点検し、成果に直結する実質を重んじる視点に置き換えられます。外から取り入れるべき知恵は謙虚に取り入れる姿勢もあわせて大切です。

この章句が説くこと

『尚武論』中村中倧虚飾真儒文華隠公

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る