言志四録 / 言志晩録 第百八十三条 寧ろ実響有るも虚声有る勿れ
名譽。人之所爭求。又人之所群毀。君子只是一實而已。寧有實響。勿有虛聲。
新字:名誉。人之所争求。又人之所群毀。君子只是一実而已。寧有実響。勿有虚声。
書き下し
名誉は、人の争ひ求むる所にして、又人の群がり毀る所なり。君子は只是れ一実のみ。寧ろ実響有るも、虚声有ること勿れ。
現代語訳
名誉は、人々が争って求めるものであり、また人々が寄ってたかって謗るものでもある。君子はただ一つの実質を守るだけである。むしろ実質の伴った響きがあるのはよいが、中身のない名声があってはならない。
解説
前条の「聞」と「達」の比喩を受け、名誉のあり方を直接述べた条です。名誉は誰もが欲しがるものですが、手に入れれば今度は妬みや批判の的になります。求めても得がたく、得ても守りがたいのが名誉です。そこで一斎は、君子はただ「一実」、つまり中身を充実させることだけに努めよと言います。実質があれば、その響きは求めなくても自然に伝わります。逆に実質を欠いた虚声は、群がる毀りの前にもろく崩れます。一斎自身、昌平坂学問所の儒官として名声を得ながら、陽明学への傾きを陰で批判された人でした。肩書きや評判より、評価が変わっても揺るがない実力を積むことの意味を考えさせます。
この章句が説くこと
名誉実質毀誉虚名君子
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