酔古堂剣掃 / 集醒・事は脫空を忌み人は落套を怕る
事忌脫空,人怕落套。
新字:事忌脱空,人怕落套。
書き下し
事は脫空を忌み、人は落套を怕る。
現代語訳
物事は、中身がなく空回りすることを避けるべきです。人は、ありきたりの型にはまってしまうことを恐れるべきです。
解説
わずか八字で、仕事と人物の二つの落とし穴を指摘した一則です。脱空は、足もとがなく空中に浮くこと、転じて実体がない、空約束や空理空論に終わることです。物事は、口先ばかりで実質が伴わないことがもっともいけないと言います。落套は、決まりきった型に落ちること、つまり陳腐で個性のない人になってしまうことです。人は、世間の型にはまって自分らしさを失うことを恐れるべきだというのです。仕事には堅実な実質を求め、人柄には型にはまらない独自性を求めるという対比が面白いところです。計画が絵に描いた餅になっていないか、自分が惰性で同じことを繰り返していないか、点検する手がかりになる言葉です。
この章句が説くこと
実質独創処世修身陳腐
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