紫灘遺稿抄録 / 心得の条々・実心で実事を行い虚偽を避ける
又人樂みて謳歌する時は、天も五風十兩氣候時にしたがひ、人哀みて號泣する時は、天も日月食し、彗星見え、種々の災害を顯はす、是水動ば魚驚道理とおなじ事なり、されば人たるものは、只一片の實心にて實事を行ふべき事なり、家內日用瑣末の事にても、かならず虛僞をおもはず虛僞をいはず虛僞をせず、二六時中の間、始中終の事、上につかふるにも、下に交るにも、只此心得肝要と思ふべし、末の世となりては、狡黠なるものもおほく、實心なるものを愚昧の樣にいひおとし、或は嘲弄するものあれど、左樣の人は必ず天地よりも棄られし人なれば、得失を論ずるにたらず、彼是と論ずれば、却て吾の誠に疵付れば、臭きものをよきて通る樣に、吾より避くべき事なり、楠氏の一族三世數十人、一人の餘りなく大義に殉死せられし事、大楠公の只一片の誠、つき通りて人世の榮辱などは、塵ほども胸中に雜らず、ひたすら皇室を目前にて、二念なかりしかば、天地も感じ、神人も助て 皇室再び昔に復せしなり、されば三百年の末になりて、湊川戰死の跡に、水戶黃門光國卿、嗚呼忠臣の碑、を建られしが、天下の人、かりそめにも、義理をわかち知るもの、墓前に拜伏して、其高義を感じ、涙をそゝがぬものなし、さばかり勢いかめしかりし足利も、十三代はつゞきぬといへども、三代の後は、號令も行はれず、骨肉相食、君臣相賊し、義昭が身になりては、浪々として諸國に乞食せし姿なり、しかのみならず、今日となりては、十三の墳墓に唾するものあり、ゆばりするものあり、千歲の恥辱たとふるにものなし、誠實と虛僞とのわかち、かくあるべき事とはいひながら、ケ樣にも懸隔するものなるや、おそるべきことなりかし、
新字:又人楽みて謳歌する時は、天も五風十両気候時にしたがひ、人哀みて号泣する時は、天も日月食し、彗星見え、種々の災害を顕はす、是水動ば魚驚道理とおなじ事なり、されば人たるものは、只一片の実心にて実事を行ふべき事なり、家内日用瑣末の事にても、かならず虚偽をおもはず虚偽をいはず虚偽をせず、二六時中の間、始中終の事、上につかふるにも、下に交るにも、只此心得肝要と思ふべし、末の世となりては、狡黠なるものもおほく、実心なるものを愚昧の様にいひおとし、或は嘲弄するものあれど、左様の人は必ず天地よりも棄られし人なれば、得失を論ずるにたらず、彼是と論ずれば、却て吾の誠に疵付れば、臭きものをよきて通る様に、吾より避くべき事なり、楠氏の一族三世数十人、一人の余りなく大義に殉死せられし事、大楠公の只一片の誠、つき通りて人世の栄辱などは、塵ほども胸中に雑らず、ひたすら皇室を目前にて、二念なかりしかば、天地も感じ、神人も助て 皇室再び昔に復せしなり、されば三百年の末になりて、湊川戦死の跡に、水戸黄門光国卿、嗚呼忠臣の碑、を建られしが、天下の人、かりそめにも、義理をわかち知るもの、墓前に拝伏して、其高義を感じ、涙をそゝがぬものなし、さばかり勢いかめしかりし足利も、十三代はつゞきぬといへども、三代の後は、号令も行はれず、骨肉相食、君臣相賊し、義昭が身になりては、浪々として諸国に乞食せし姿なり、しかのみならず、今日となりては、十三の墳墓に唾するものあり、ゆばりするものあり、千歳の恥辱たとふるにものなし、誠実と虚偽とのわかち、かくあるべき事とはいひながら、ケ様にも懸隔するものなるや、おそるべきことなりかし、
書き下し
又人樂みて謳歌する時は、天も五風十兩氣候時にしたがひ、人哀みて號泣する時は、天も日月食し、彗星見え、種々の災害を顯はす、是水動ば魚驚道理とおなじ事なり、されば人たるものは、只一片の實心にて實事を行ふべき事なり、家內日用瑣末の事にても、かならず虛僞をおもはず虛僞をいはず虛僞をせず、二六時中の間、始中終の事、上につかふるにも、下に交るにも、只此心得肝要と思ふべし、末の世となりては、狡黠なるものもおほく、實心なるものを愚昧の樣にいひおとし、或は嘲弄するものあれど、左樣の人は必ず天地よりも棄られし人なれば、得失を論ずるにたらず、彼是と論ずれば、却て吾の誠に疵付れば、臭きものをよきて通る樣に、吾より避くべき事なり、楠氏の一族三世數十人、一人の餘りなく大義に殉死せられし事、大楠公の只一片の誠、つき通りて人世の榮辱などは、塵ほども胸中に雜らず、ひたすら皇室を目前にて、二念なかりしかば、天地も感じ、神人も助て 皇室再び昔に復せしなり、されば三百年の末になりて、湊川戰死の跡に、水戶黃門光國卿、嗚呼忠臣の碑、を建られしが、天下の人、かりそめにも、義理をわかち知るもの、墓前に拜伏して、其高義を感じ、涙をそゝがぬものなし、さばかり勢いかめしかりし足利も、十三代はつゞきぬといへども、三代の後は、號令も行はれず、骨肉相食、君臣相賊し、義昭が身になりては、浪々として諸國に乞食せし姿なり、しかのみならず、今日となりては、十三の墳墓に唾するものあり、ゆばりするものあり、千歲の恥辱たとふるにものなし、誠實と虛僞とのわかち、かくあるべき事とはいひながら、ケ樣にも懸隔するものなるや、おそるべきことなりかし、
現代語訳
また人が楽しんで歌うときは、天も五日に一度風が吹き十日に一度雨が降って気候が時に従い、人が悲しんで泣き叫ぶときは、天も日食や月食をおこし、彗星が現れ、様々な災害を現します。これは水が動けば魚が驚くのと同じ道理です。ですから人たる者は、ただ一片の実心(まこと)の心で実事を行うべきです。家庭内の日常の些細な事でも、決して虚偽を思わず、虚偽を言わず、虚偽をしてはいけません。一日じゅう、始めから終わりまで、上に仕えるにも、下に交わるにも、ただこの心得が肝要と思いなさい。末の世になると、ずる賢い者も多く、実心の者を愚かであるかのように言いおとし、あるいは嘲る者がありますが、そのような人は必ず天地からも見捨てられた人ですから、得失を論じるに足りません。あれこれ論じれば、かえって自分の誠に傷がつくので、臭いものを避けて通るように、自分から避けるべきです。楠氏の一族は三代数十人、一人の残りもなく大義に殉死されましたが、大楠公のただ一片の誠が突き通って、人世の栄辱などは塵ほども胸中に混じらず、ひたすら皇室を目の前にして二念がなかったので、天地も感じ、神も人も助けて皇室が再び昔に復したのです。三百年の末になって、湊川戦死の跡に、水戸黄門光圀卿が「嗚呼忠臣の碑」を建てられましたが、天下の人は、かりそめにも義理を分かち知る者であれば、墓前に拝し伏して、その高義に感じ、涙を流さない者はありません。あれほど勢い盛んであった足利も、十三代まで続いたとはいえ、三代の後は号令も行われず、骨肉相食み、君臣相賊し、義昭の身になっては、浪々として諸国に乞食した姿でした。そればかりか、今日となっては、十三の墳墓に唾する者があり、小便をする者があり、千年の恥辱でたとえるものもありません。誠実と虚偽の分かれは、こうなるべきこととはいいながら、このように隔たるものでしょうか。恐るべきことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。
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『格言聯璧』處事類・天下に化すべからざるの人無し眞實の肝膽を以て人を待てば、事未だ必ずしも功を成さずと雖も、日後人必ず我の肝膽を見ん。 詐偽の心腸を以て事に處すれば、人即ひ一時惑ひを受くるも、日後人必ず我の心腸を見ん。 天下に化すべからざるの人無し、但だ誠心の未だ至らざるを恐る。 天下に爲すべからざるの事無し、只だ立志の堅からざるを怕る。
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史記 扁鵲倉公列伝時に未だ往かざるに、会々慶の子男殷来りて馬を献ず。師光に因りて馬を王の所に奏す。意故を以て殷と善きを得たり。光又意を殷に属して曰く、『意は数を好む。公必ず謹みて之を遇せよ。其の人は聖儒なり』と。即ち書を為りて意を以て陽慶に属す。故を以て慶を知る。臣意慶に事ふること謹む。故を以て意を愛するなり」と。臣意に問ひて曰く、「吏民嘗て事として意の方を学び、及び畢く尽く意の方を得たるもの有りや不や。何れの県里の人ぞ」と。対へて曰く、「臨菑の人宋邑。邑学ぶ。臣意教ふるに五診を以てすること、歳余。済北王太医高期・王禹を遣はして学ばしむ。臣意教ふるに経脈の高下及び奇絡の結、当に俞の居る所を論ずべきこと、及び気の当に上下出入すべき邪正逆順、以て鑱石に宜しきこと、砭灸の処を定むることを以てすること、歳余。菑川王時に太倉の馬長馮信を遣はして方を正さしむ。臣意教ふるに案法逆順、薬法を論じ、五味及び和斉湯法を定むることを以てす。高永侯の家丞杜信、脈を喜み、来り学ぶ。臣意教ふるに上下経脈五診を以てすること、二歳余。臨菑の召里の唐安来り学ぶ。臣意教ふるに五診上下経脈、奇咳、四時陰陽に応ずるの重を以てす。未だ成らずして、除せられて斉王の侍医と為る」と。臣意に問ふ、「病を診し死生を決するに、能く全く失無きか」と。臣意対へて曰く、「意病人を治するに、必ず先づ其の脈を切して、乃ち之を治す。敗逆なる者は治すべからず。其の順なる者は乃ち之を治す。心脈に精しからず、期する所の死生、治すべきを視るに、時時之を失す。臣意全くする能はざるなり」と。太史公曰く、女は美悪と無く、宮に居れば妒まる。士は賢不肖と無く、朝に入れば疑はる。故に扁鵲は其の伎を以て殃せられ、倉公乃ち跡を匿して自ら隠れて刑に当たる。緹縈尺牘を通じ、父以て後に寧きを得たり。故に老子曰く、「美好なる者は不祥の器なり」と。豈に扁鵲等を謂ふか。倉公の若き者は、之に近しと謂ふべし。手の三陽の脈は、手より頭に至るまで長さ五尺、五六合して三丈。
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尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
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