囲炉夜話 / 第五十三則・世上は皆な苦人
天下無憨人,豈可妄行欺詐?世上皆苦人,何能獨享安閑?
新字:天下無憨人,豈可妄行欺詐?世上皆苦人,何能独享安閑?
書き下し
天下に憨人無し、豈に妄りに欺詐を行ふべけんや。世上は皆な苦人なり、何ぞ能く獨り安閑を享けんや。
現代語訳
天下にばか正直な愚か者などいません。どうしてみだりに人を欺いてよいでしょうか。世の中の人はみな苦労している人です。どうして自分だけ安楽を享受できるでしょうか。
解説
人を侮る心と、自分だけ楽をしようとする心を戒めた対句です。憨人は口語で、お人よしの愚か者のことです。だまされるような間抜けは世にいないと考えよ、つまり人はみな見抜いていると思えば、欺こうとは思わないはずだと言います。欺けると思うのは相手を侮っているからです。後半は、世の人はみな苦労を抱えているのだから、自分だけが安閑とできるはずがないとします。周りの苦労を思えば、怠けることもおごることもできません。二つの句は、他人を自分と同じ重さで見るという点でつながっています。人を軽く見る心が、欺きと怠けの両方の根にあるのです。
この章句が説くこと
誠実欺瞞勤勉恕処世
関連する章句
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に實無きは不祥なり。不祥の實は、賢を蔽う者之に當る。」 <解説> この節は分かりにくい。朱注に云う、「或いは曰く、天下の言實に不祥なる者有る無し、惟れ賢を蔽い不祥の實を為すと、或いは曰く、言にして實無き者は不祥なり、故に賢を蔽い不祥の實を為す、二説同じからず、未だ孰れが是なるか知らず、疑うらくは或いは闕文有らん。」私は後説を採用し、かなり強引な解釈をした。やはり朱子の言うように闕分が有るのだろうか。
-
尚書・周官德を作せば心逸んじて日々休く、偽を作せば心勞して日々拙し。
-
論語・為政篇子曰く、詩三百、一言以て之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無しと。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
-
徒然草・第233段万の科あらじと思はば、何事にも誠ありて、人を分かず恭しく、言葉すくなからむには如かじ。男女老少みなさる人こそよけれども、殊に若くかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく思ひつかるゝものなり。よろづのとがは、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。
-
尚書・君陳至治は馨香にして、神明に感ず。黍稷は馨と非ず、明德のみ惟れ馨し。