紫灘遺稿抄録 / 心得の条々・人として必ず学ぶべき学問の大本
一人と生れては、高さも賤しきも、せねばならぬものは學問なり、學問せねば、吾身に生れつきたる善ある事もえしらず、まして、他の人の德あるもなきも辨へず、又、昔を盛なりとも、今を衰へたりともしらず、いたづらに五穀を食ひて、前むきてあゆむばかり、わざにて犬猫といはんも同じ事なり、或は云く、書は 應神天皇の御字にこそ、から國より渡來にけれ、其前は、何にて學問せし、學問なくてもかへりて才德ある人は多かりきとか、されば書見て、才德を修むといふ事、頼にたらずと、是は時世しらぬ論なり、即學問せぬ故に、かゝるひがごとも云ぞかし、古の盛なる世には、神代にて 天照皇のおきておき給ひし、祭政敎をおしたて、禮樂にてこれを飾り、朝廷の上より民間に至まで、なべて日用の事、忠孝の大義もて、行ひ玉ひければ、入ても出ても、よろづ人のする事大義をはなれず、生れ出るより老死に至まで、異物の見るべきものなく、ひたすら一筋にて、われしらず大道の中に長じたるものにて、才も德もおのづからに、なりもてゆきたるものなり、末の世となりては、其おきて玉へる大道おとろへて、人々おもひ〱になり、まして佛氏の敎などいで來て後は、大道熄ぬといふべし、されば人欲といふもの、吾しらずはびこりて、偶よき人ありても、世の大なりに、おしおとされて、人といはんかぎりのもの、吾身に善ある事をしらぬは、いふにや及ぶ、性は惡なりとばし、いはねばならぬ樣になりもてゆきたるなり、されば學問せては、其大本にたどりつく事他術なきなり、さて天稟善き人あり、うらやましき事なれども。
新字:一人と生れては、高さも賤しきも、せねばならぬものは学問なり、学問せねば、吾身に生れつきたる善ある事もえしらず、まして、他の人の徳あるもなきも弁へず、又、昔を盛なりとも、今を衰へたりともしらず、いたづらに五穀を食ひて、前むきてあゆむばかり、わざにて犬猫といはんも同じ事なり、或は云く、書は 応神天皇の御字にこそ、から国より渡来にけれ、其前は、何にて学問せし、学問なくてもかへりて才徳ある人は多かりきとか、されば書見て、才徳を修むといふ事、頼にたらずと、是は時世しらぬ論なり、即学問せぬ故に、かゝるひがごとも云ぞかし、古の盛なる世には、神代にて 天照皇のおきておき給ひし、祭政教をおしたて、礼楽にてこれを飾り、朝廷の上より民間に至まで、なべて日用の事、忠孝の大義もて、行ひ玉ひければ、入ても出ても、よろづ人のする事大義をはなれず、生れ出るより老死に至まで、異物の見るべきものなく、ひたすら一筋にて、われしらず大道の中に長じたるものにて、才も徳もおのづからに、なりもてゆきたるものなり、末の世となりては、其おきて玉へる大道おとろへて、人々おもひ〱になり、まして仏氏の教などいで来て後は、大道熄ぬといふべし、されば人欲といふもの、吾しらずはびこりて、偶よき人ありても、世の大なりに、おしおとされて、人といはんかぎりのもの、吾身に善ある事をしらぬは、いふにや及ぶ、性は悪なりとばし、いはねばならぬ様になりもてゆきたるなり、されば学問せては、其大本にたどりつく事他術なきなり、さて天稟善き人あり、うらやましき事なれども。
書き下し
一人と生れては、高さも賤しきも、せねばならぬものは學問なり、學問せねば、吾身に生れつきたる善ある事もえしらず、まして、他の人の德あるもなきも辨へず、又、昔を盛なりとも、今を衰へたりともしらず、いたづらに五穀を食ひて、前むきてあゆむばかり、わざにて犬猫といはんも同じ事なり、或は云く、書は 應神天皇の御字にこそ、から國より渡來にけれ、其前は、何にて學問せし、學問なくてもかへりて才德ある人は多かりきとか、されば書見て、才德を修むといふ事、頼にたらずと、是は時世しらぬ論なり、即學問せぬ故に、かゝるひがごとも云ぞかし、古の盛なる世には、神代にて 天照皇のおきておき給ひし、祭政敎をおしたて、禮樂にてこれを飾り、朝廷の上より民間に至まで、なべて日用の事、忠孝の大義もて、行ひ玉ひければ、入ても出ても、よろづ人のする事大義をはなれず、生れ出るより老死に至まで、異物の見るべきものなく、ひたすら一筋にて、われしらず大道の中に長じたるものにて、才も德もおのづからに、なりもてゆきたるものなり、末の世となりては、其おきて玉へる大道おとろへて、人々おもひ〱になり、まして佛氏の敎などいで來て後は、大道熄ぬといふべし、されば人欲といふもの、吾しらずはびこりて、偶よき人ありても、世の大なりに、おしおとされて、人といはんかぎりのもの、吾身に善ある事をしらぬは、いふにや及ぶ、性は惡なりとばし、いはねばならぬ樣になりもてゆきたるなり、されば學問せては、其大本にたどりつく事他術なきなり、さて天稟善き人あり、うらやましき事なれども。
現代語訳
人として生まれたからには、身分が高くても低くても、しなければならないものは学問です。学問をしなければ、自分に生まれつき備わった善があることも知らず、まして他人に徳があるかないかも見分けられず、昔が盛んだったとも今が衰えているとも分かりません。むだに五穀を食べて前向きに歩くだけで、その行いは犬や猫と同じです。ある人は言います。「書物は応神天皇の御代に唐の国から渡来したのだ。それ以前は何で学問をしたのか。学問がなくても、かえって才徳のある人は多かったという。だから書を読んで才徳を修めるというのは当てにならない」と。これは時代を知らない議論です。学問をしないから、こうした間違いを言うのです。古の盛んな世には、神代に天照大神が定め置かれた祭・政・教を立て、礼楽で飾り、朝廷から民間に至るまで、日常のすべてのことを忠孝の大義によって行われたので、家にあっても外に出ても、人々のすることは大義を離れず、生まれてから老いて死ぬまで、ほかのものを見ることもなく、ひたすら一筋で、知らず知らず大道の中に育ったものですから、才も徳もおのずと身についていったのです。末の世になると、定め置かれた大道が衰え、人々は思い思いになり、まして仏教の教えなどが出てきてからは、大道は消えたというべきです。そのため人欲が知らぬ間にはびこり、たまたま善い人がいても世の大勢に押し落とされ、人と呼ばれる者が自分に善があることを知らないのは言うまでもなく、性は悪だと言わなければならないようになってきたのです。ですから学問をして、その大本にたどりつくことのほかに方法はありません。さて、生まれつき資質の善い人もいて、うらやましいことですが。
解説
この章句が説くこと
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『益軒家訓』幼児須教一学問の大綱は、大学の経の文、朱子の学規を以て法則とす。必天地聖人の道に背きて、仏氏の教に従ふべからず。若仏氏に従ふ者あらば、父祖の遺訓に背き、不孝の罪に陥るのみならず、天地神明の道に背く。故に天地神明の罪人なるべし。天道は至公にして、其咎なしといへども、恐るべき事なり。但不仁は天の責を身にうけ、子孫に報ふ事影響の如し、畏るべき事の甚しきなり。
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言志四録・言志晩録 第二十五条 学の次第と本体学に次第有るは、猶ほ弓を執り箭を挟み、引満して発するがごとし。直ちに本体を指すは、猶ほ懸くるに正鵠を以てし、必中を期するがごとし。
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『講孟余話』附尾 讀保建大記一條跋。講孟劄記成る。因りて復た瀏覧すること一周、遂に名を講孟余話と改む。蓋し劄は鍼刺なり。凡そ其の記す所、精義を発し、文藻を摛ぶること、鍼の膚を刺して鮮血迸り出づるが如く、鍼の衣を刺して彩線絺繍するが如くにして、而る後以て称名と為すに足るのみ。而して余の此の著、豈に其れ然らんや。余の獄に在るや、囚徒胥ひ居り、其の已に家に帰るや、親戚盍簪す。時に乃ち孟子を把りて之れを講ず。其の訓詁を精しくするに非ず、其の文字を喜ぶに非ず、唯だ其の一憂一楽、一喜一怒、尽く諸を孟子に寓するのみ。故に其の喜楽に当りてや、孟子を講じて、復た益々喜楽し、其の憂怒に当りてや、孟子を講じて、復た益々憂怒す。憂怒の抑ふべからず、喜楽の歇むべからず、話に随ひ話に随ひ、稍積みて巻を成す者、即ち此の著なり。然らば則ち是れ特に講孟の余話のみ、何ぞ劄記と為すことを得んや。余已に囚徒親戚と、其の憂楽を同じくし、其の喜怒を共にす、亦已に足れり。而るに又之れを録して巻を成し以て世に問ふ、太だ贅ならずや。且つ此れを持して経学先生に問はんか、経学先生将に其の雑駁麁豪を罵らんとす。此れを持して文章博士に問はんか、文章博士将に其の鄙俚蕪陋を笑はんとす。然らば則ち当今の世、孰れか問ひ孰れか答へんや。噫、是れ吾が余話の録に已む能はざる所以なり。夫れ天下経学文章を以て教へと為す、蓋し亦久しいかな。経学益々明らかに、文章益々美にして、国威日に細く、外夷日に熾んなり。斯の道の道たる所以の者は、果して何くにか在る。則ち天下吾と憂楽を同じくし喜怒を共にする者、亦何ぞ独り一二の囚徒親戚のみならんや。而るに余屏居して世を謝す、世其の人有りと雖も、相従ひて晤言するに由なし。則ち余話の録、吾益々已む能はざるなり。噫、天下の士、其れ何を以て之れを教へん。安政三年、歳丙辰に次る、季夏の日、二十一回猛士藤寅、諸を松陰の囚室に書す。此の編、業を去年六月十三日に起し、今年六月十三日に卒る。中間或は作り或は輟め、居処已に変じ、会する者又異なり、而して正に期月に当りて、方に乃ち編を成す、亦奇ならずや。寅重ねて書す。
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うひ山ぶみ・本文上ノ件ところどころ、圏の内に、かたかなをもてしるししたるは、いはゆる相じるしにて、その件リ々にいへることの、然る子細を、又奥に別にくはしく論ひさとしたるを、そこはこゝと、たづねとめて、しらしめん料のしるし也、世に物まなびのすぢしなじな有て云々、物学とは、皇朝の学問をいふ、そもそもむかしより、たゞ学問とのみいへば、漢学のことなる故に、その学と分むために、皇国の事の学をば、和学或は国学などいふならひなれども、そはいたくわろきいひざま也、みづからの国のことなれば、皇国の学をこそ、たゞ学問とはいひて、漢学をこそ、分て漢学といふべきことなれ、それももし漢学のこととまじへいひて、まぎるゝところにては、皇朝学などはいひもすべきを、うちまかせてつねに、和学国学などいふは、皇国を外にしたるいひやう也、もろこし朝鮮於蘭陀などの異国よりこそ、さやうにもいふべきことなれ、みづから吾国のことを、然いふべきよしなし、すべてもろこしは、外の国にて、かの国の事は、何事もみな外の国の事なれば、
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