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紫灘遺稿抄録 / 楠子論・楠氏の死が皇統を支えたという論

必泄于此矣。如是然後。始得其志之成也。而有子焉。有孫焉。進討退衞。歷數世而不替。皆死于此。而及南北一統而後已。已則莫一楠氏之遺于世者也。大義滅親。人既難之。而楠氏之滅親。非一世。又非十數人。子孫能成其志。果如其所慮。自非至誠貫天者。焉得如此久而愈盛哉。源頼朝之開覇。朝廷之權漸失。北條氏繼攘其權。而天下人心岐焉。足利氏之反。察朝廷失馭之所由。特利以攬英雄之心。而天下人心渙焉。人心之渙。其欲爲者。何事不成。欲爲東宮乎。東宮可得也。欲爲天子乎。天子可得也。蓋其心欲爲天子也。其一爲天子。繼之者如織田氏。豐臣氏。視以爲常。亦皆爲之。足利氏而不爲之。繼之者皆曰。天潰不可汚也。天位不可躋也。然後天下之事大定矣。其或繼之者。雖百世可知也。然而足利氏之不爲天子。其索皇統繼之者。乃因楠氏之死于此。而不貳。而其不可爭而然者也已。孔子曰。般有三仁焉。箕子曰。自靖。人自獻于先王。楠子與藤房義貞。亦皆各自行其志。箕子屈身。而傳道于周。楠子滅親。而繼皇統。以存萬世之道。其優箕子。蓋倍蓰焉。嗚呼。楠子之忠義。亦與天壤无窮者哉。

新字:必泄于此矣。如是然後。始得其志之成也。而有子焉。有孫焉。進討退衛。歴数世而不替。皆死于此。而及南北一統而後已。已則莫一楠氏之遺于世者也。大義滅親。人既難之。而楠氏之滅親。非一世。又非十数人。子孫能成其志。果如其所慮。自非至誠貫天者。焉得如此久而愈盛哉。源頼朝之開覇。朝廷之権漸失。北条氏継攘其権。而天下人心岐焉。足利氏之反。察朝廷失馭之所由。特利以攬英雄之心。而天下人心渙焉。人心之渙。其欲為者。何事不成。欲為東宮乎。東宮可得也。欲為天子乎。天子可得也。蓋其心欲為天子也。其一為天子。継之者如織田氏。豊臣氏。視以為常。亦皆為之。足利氏而不為之。継之者皆曰。天潰不可汚也。天位不可躋也。然後天下之事大定矣。其或継之者。雖百世可知也。然而足利氏之不為天子。其索皇統継之者。乃因楠氏之死于此。而不貳。而其不可争而然者也已。孔子曰。般有三仁焉。箕子曰。自靖。人自献于先王。楠子与藤房義貞。亦皆各自行其志。箕子屈身。而伝道于周。楠子滅親。而継皇統。以存万世之道。其優箕子。蓋倍蓰焉。嗚呼。楠子之忠義。亦与天壤无窮者哉。

書き下し

必ずここに泄らさん。かくの如くして然る後、始めてその志の成るを得るなり。而して子あり、孫あり、進討退衛して数世を歴て替らず、皆ここに死し、南北一統に及びて後已む。已めば則ち一の楠氏の世に遺る者なきなり。大義親を滅す、人既にこれを難しとす。而して楠氏の親を滅するは、一世に非ず、また十数人に非ず。子孫能くその志を成し、果たしてその慮る所の如し。至誠の天を貫く者に非ざるより、焉んぞかくの如く久しくして愈々盛んなるを得んや。源頼朝の覇を開くや、朝廷の権漸く失われ、北条氏継ぎてその権を攘い、而して天下の人心岐る。足利氏の反するや、朝廷馭を失うの由る所を察し、特に利を以て英雄の心を攬り、而して天下の人心渙る。人心の渙るや、その為さんと欲する者、何事か成らざらん。東宮と為らんと欲せば、東宮得べきなり。天子と為らんと欲せば、天子得べきなり。けだしその心は天子と為らんと欲するなり。その一たび天子と為らば、これに継ぐ者は織田氏、豊臣氏の如き、視て以て常と為し、また皆これを為さん。足利氏にしてこれを為さざれば、これに継ぐ者は皆曰く、天は汚すべからざるなり、天位は躋るべからざるなりと。然る後、天下の事大いに定まる。その或いはこれに継ぐ者、百世といえども知るべきなり。然れども足利氏の天子と為らざるは、その皇統を索めてこれに継ぐ者、すなわち楠氏のここに死して貳せざるに因り、而してその争うべからずして然る者のみ。孔子曰く、殷に三仁あり。箕子曰く、自ら靖んず、人各々自ら先王に献ずと。楠子と藤房・義貞も、また皆各々自らその志を行う。箕子は身を屈して道を周に伝え、楠子は親を滅して皇統を継ぎ、以て万世の道を存す。その箕子に優ること、けだし倍蓰なり。ああ、楠子の忠義は、また天壌と窮まりなき者か。

現代語訳

必ずここ(足利に対して)で晴らすでしょう。このようにして、はじめてその志が成るのです。子があり孫があり、進んで討ち、退いて守り、数代を経ても変わらず、皆ここで死に、南北朝の統一に至ってようやく終わります。終われば、世に楠氏の遺る者は一人もいません。大義のために親族を犠牲にすることは、人にとって難しいことです。しかし楠氏のそれは一代ではなく、十数人にも及びました。子孫がその志を成し、果たして思い描いたとおりになったのです。至誠が天を貫く者でなければ、どうしてこのように長く、しかもいよいよ盛んでいられたでしょうか。源頼朝が覇権を開くと、朝廷の権力は次第に失われ、北条氏が継いでその権を奪い、天下の人心は分かれました。足利氏が反したのは、朝廷が統御を失った理由を見抜き、利益で英雄の心をつかんだからで、そのため天下の人心は離れ散りました。人心が散れば、為そうとすることで成らないことがあるでしょうか。東宮になろうと思えばなれ、天子になろうと思えばなれたのです。思うに、その心は天子になろうとしていたのでしょう。ひとたび天子になれば、続く織田氏、豊臣氏のような者も、それを当たり前と見て、皆そうしたはずです。足利氏がそれをしなかったので、続く者は皆、天は汚してはならない、天子の位には昇ってはならないと言い、その後、天下の事は大いに定まりました。これに続く者は、百代先まで分かります。ところが足利氏が天子にならなかったのは、皇統を求めてこれを継ごうとする者として、楠氏がここで死んで二心を持たなかったためで、争えないと悟ったからにほかなりません。孔子は「殷には三人の仁者がいた」と言い、箕子は「自ら心を安んじ、人はそれぞれ先王に自分を捧げる」と言いました。楠子と、藤房(万里小路藤房)、義貞(新田義貞)も、それぞれ自分の志を行いました。箕子は身を屈して道を周に伝え、楠子は親族を犠牲にして皇統を継ぎ、万世の道を存続させました。箕子に勝ることは、倍どころか五倍にもなるでしょう。ああ、楠子の忠義は、天地とともに窮まりないものでしょうか。

解説

幕末の志士は、楠氏一族が代々にわたって志を貫いたことが、その後の秩序を支えたと論じました。ここは著者の歴史観であり、殉死や国体論を称えるために読むものではありません。ただ、人心が離れると何でも起こり得るが、誰かが一貫した姿勢を示し続けると周囲の基準が決まる、という見方は組織にも通じます。管理職の言動の一貫性は、部下が何を越えてはならないかを示す線になります。使命感を持つなら、自分が見せる姿勢が職場の暗黙の基準になることを意識したいところです。

この章句が説くこと

紫灘遺稿抄録真木保臣楠木正成皇統人心一貫した姿勢

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