酔古堂剣掃 / 集法・貨財を積むの心を以て學問を積む
以積貨財之心積學問,以求功名之念求道德,以愛子女之心愛父母,以保爵位之策保國家。
新字:以積貨財之心積学問,以求功名之念求道徳,以愛子女之心愛父母,以保爵位之策保国家。
書き下し
貨財を積むの心を以て學問を積み、功名を求むるの念を以て道德を求め、子女を愛するの心を以て父母を愛し、爵位を保つの策を以て國家を保つ。
現代語訳
財産を蓄えようとする心で学問を積み、手柄や名声を求める思いで道徳を求め、わが子を愛する心で父母を愛し、官位を守ろうとする策で国家を守りなさい。
解説
人が自然に熱心になれることの力を、本当に大切なことへ振り向けよと説いた一則です。人は財産を増やすことには熱心ですが、学問にはそれほど熱心になりません。名声は必死に求めても、徳はなかなか求めません。わが子はいくらでも愛せても、親には同じだけの愛情を注ぎにくいものです。自分の地位は守ろうとしても、国のことには知恵を絞りません。この四つの対比は、人の心の偏りを鋭く突いています。自分が熱中できる力をすでに持っていることに気づき、その向け先を少し変えるだけで、生き方は大きく変わるでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
学問孝行修身治政道徳
関連する章句
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『大和俗訓』巻之四・心術下一人の心の内、道徳の至りて尊く、至りて楽むべき理あり。君子はこれを知りて、尊びたのしみて、外に求めず。小人はこれを知らず、徳をそこなひ、道を失ひて、これを尊びたのしまず。ただ俗楽の賤しきわざをのみ楽とし、利欲を専らとし、長くうれひ苦みて、楽を失ふ。人となるものは、此楽を知るを貴しとす。是を知らずんは、人となれるかひなかるべし。此楽を知らんとならば、まことの学問をよくつとめて其理を知るべし。
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『弁名』學仁斎先生曰く、「学問は道徳を以て本と為し、見聞を用と為す。今人の専ら書冊を読み義理を講ずるを以て学問と為す者の比に非ず」と。殊に知らず、学とは先王の道を学びて以て徳を己に成すを求むるのみなるを。故に道徳の外、豈に它有らんや。何の本末か之れ有らん。且つ子路曰く、「何ぞ必ずしも書を読みて、然る後に学と為さん」と。則ち孔子は夫の佞者を悪む。今書冊を読むを以て非と為す。世の所謂道学先生、自ら此の俗態有り。豈に醜からずや。且つ所謂見聞を用と為すとは、子張の干禄を引く。是れ自ら禄を干むるの道なり、豈に学問の法ならんや。六経を舎てて諸を見聞に求むれば、其の肆然として自ら恣にせざる者幾ど希なり。
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『洗心洞箚記』後自述道の大原は天より出づ。而して徳を知る者に由る鮮し。則ち道徳乃ち聖学の極致為り。而して天の太虚又其の原本為ること、居ながら知るべし。然り而して中人已下は、教へ有るに非ずんば、則ち其の極致原本を窺ふ能はず。故に孔門其の教へ四つ有り。曰く、文行忠信。其の則は乃ち詩書執礼なり。詩書執礼の中に文行忠信為る所以の目有り。而して要は各々其の性の近き所に従ひて入る。先儒の所謂、理は只だ一件、人の根器は斉しからず。宜しく知識の処より入るべきは、則ち教ふるに文を以てす。宜しく践履の処より入るべきは、則ち教ふるに行を以てす。宜しく己を尽くす処より入るべきは、則ち教ふるに忠を以てす。宜しく物に孚する処より入るべきは、則ち教ふるに信を以てす。猶ほ造化の万類を甄陶して、物に随ひて形を賦するがごとしと云ふ。因りて吾以為へらく、文は便ち是れ道徳太虚の華なり。行は便ち是れ道徳太虚の実なり。忠と信とは便ち是れ道徳太虚の質なり。而して道徳太虚乃ち化して詩書執礼と為るなり。故に道徳太虚を離れて別に文行忠信有るに非ざるなり。故に又道徳太虚を離れて別に詩書執礼有るに非ざるなり。
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『洗心洞箚記』後自述而して始め其の刻の成るや、諸を弟子に授け、又以て有志の人に贈るのみ。而して敢へて諸を世に公にせんと欲せざるなり。頃者書肆積玉圃来りて曰く、世既に洗心洞箚記有るを知る。故に間ま書肆に就きて以て之を購求せんと要むる者有り。願はくは諸を世に公にせよ。独り書肆利を得るのみならず、学人も亦当に必ず大いに益有るべしと。予因りて再び之を思ふ。其の世に示すは、固より素志に非ず。然れども世に示さずんば、則ち其の及ぶ所自ら広からず。及ぶ所広からずんば、則ち道徳太虚の微を覚らずして終はる者も、亦自ら少なからざらんか。同胞にして之を坐視するに忍びんや。是に於て幡然として改め、蔵刻の板を出だして以て之に与へ、又之に謂ひて曰く、汝等意に随ひて以て之を購ふ者に售れ。如し利を獲ること有らば、其の利を以て乃ち別に舶来の聖賢の書を翻刻し、却つて復た吾が輩に嘉恵せよ。則ち其の益を得るや、財貨に踰ゆること万倍ならんと。
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『格言聯璧』持躬類・何物か是れ我なる外物を以て言へば、功名富貴を論ずる無く、即ち四肢百骸も、亦た軀殼なるのみ。 何物か是れ我なる、此に於て信じ得て及べば、則ち世味淡然たり。 天地に補ひ有るを功と曰ひ、世教に關はる有るを名と曰ひ、學問有るを富と曰ひ、謙恥有るを貴と曰ふ、是れを功名富貴と謂ふ。爲す無きを道と曰ひ、欲無きを德と曰ひ、鄙陋に習ふ無きを文と曰ひ、曖昧に近づく無きを章と曰ふ、是れを道德文章と謂ふ。
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『洗心洞箚記』後自述嗚呼、之を総ぶるに、忠信の人と雖も、然も学を好まざれば、則ち孔子の坊を潰決するに庶し。而るを況んや浮文冥行の人をや。況んや徒に詩書執礼を学ぶ者をや。而して其の好学の二字は、一つは則ち孔子自ら言ひ、一つは則ち顔子を称するに之を以てし、而して未だ嘗て之を其の余の人に許さず。則ち其の重きこと知るべし。是の故に人孔門の四教を奉遵して、以て詩書執礼に従事すと雖も、然も其の好学の訣を知らざれば、則ち将に其の性の近き所に従ひて入らんとして、却つて其の性の近き所に偏り、以て道徳太虚の微を窺ふを得ず、遂に浮文冥行忠信にして学を好まざるの窠臼に墜ちて、一生頭を出だし身を跳らすこと能はず。古往今来、其の人数ふるに堪へず。是れ豈に惜しむべからざらんや。故に後進者は、好学の訣を知らざるべからざるなり。