言志四録 / 言志録 第百八十一条 勢に因りて利導す
人情氣機。不可以一定求。誘之而勸。禁之而遏。順也。導之而反阻。抑之而益揚。逆也。是故駕馭之道。當察其向背。審其輕重。因勢而利導之。應機而激勵之。使其不自覺其所以然。此之爲得。
新字:人情気機。不可以一定求。誘之而勧。禁之而遏。順也。導之而反阻。抑之而益揚。逆也。是故駕馭之道。当察其向背。審其軽重。因勢而利導之。応機而激励之。使其不自覚其所以然。此之為得。
書き下し
人情の気機は、一定を以て求むべからず。之を誘へば勧み、之を禁ずれば遏む、順なり。之を導けば反つて阻み、之を抑ふれば益揚る、逆なり。是の故に駕馭の道は、当に其の向背を察し、其の軽重を審らかにし、勢に因りて之を利導し、機に応じて之を激励し、其をして自ら其の然る所以を覚えざらしむべし。此れを之れ得たりと為す。
現代語訳
人の心の動きや勢いは、一定の型で求めることはできない。誘えば励み、禁じればやむというのは、順の場合である。導こうとするとかえって逆らい、抑えつけるとますます高ぶるというのは、逆の場合である。だから人を御する道は、その人の心がどちらに向き、どちらに背いているかを察し、事の軽重をよく見きわめ、その勢いに従って有利な方へ導き、機をとらえて励まし、本人が自分でなぜそうなったのかを意識しないようにさせるのがよい。これこそが人を御する道を得たものである。
解説
人の心の動かし方を、実務に即して説いた一条です。人の気持ちは、誘えば進み禁じれば止まる素直な場合もあれば、導けば逆らい抑えれば反発する逆の場合もある。一定の方法で扱えるものではありません。そこで一斎は、相手の心の向きと事の軽重を見きわめ、勢いに乗じて導き、機を見て励ませと言います。そして最上は、本人がなぜそう動いたのかを意識しないほど自然に導くことだとします。『史記』孫子伝の「善く戦ふ者は其の勢に因りて之を利導す」を思わせる語です。命令や説得で人を動かそうとして反発を招く前に、相手の心の勢いをどう読むかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
人心利導勢い統率動機づけ
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