史記 / 高祖本紀
且吾所以還軍霸上,待諸侯至而定約束耳。」乃使人與秦吏行縣鄉邑,告諭之。秦人大喜,爭持牛羊酒食獻饗軍士。沛公又讓不受,曰:「倉粟多,非乏,不欲費人。」人又益喜,唯恐沛公不為秦王。
新字:且吾所以還軍覇上,待諸侯至而定約束耳。」乃使人与秦吏行県郷邑,告諭之。秦人大喜,争持牛羊酒食献饗軍士。沛公又譲不受,曰:「倉粟多,非乏,不欲費人。」人又益喜,唯恐沛公不為秦王。
書き下し
且つ吾の軍を霸上に還す所以は、諸侯の至るを待ちて約束を定めんのみ。」と。乃ち人をして秦の吏と県郷邑を行かしめ、之に告諭す。秦人大いに喜び、争ひて牛羊酒食を持ちて軍士に献饗す。沛公又譲りて受けず、曰く、「倉粟多し、乏しきに非ず、人に費さしむるを欲せず。」と。人又益々喜び、唯だ沛公の秦王と為らざらんことを恐る。
現代語訳
(沛公は秦の人々に言った。)「それに、私が軍を霸上に引き返させたのは、諸侯の到着を待って取り決めを定めるためにすぎない」。そして人をやって秦の役人とともに県や郷や村をめぐらせ、このことを人々に言い聞かせた。秦の人々は大いに喜び、争って牛や羊、酒や食べ物を持ち寄って兵士たちに差し出し、もてなそうとした。沛公はまた辞退して受け取らず、「倉には穀物がたくさんあって、足りないわけではない。民に負担をかけたくない」と言った。人々はますます喜び、ただ沛公が秦の王にならないことだけを心配した。
解説
咸陽に入った劉邦が、秦の父老に向けて語った言葉の結びと、その反響を描く段です。劉邦はこの直前に、秦の厳しい法律を廃して「人を殺す者は死、人を傷つけ及び盗む者は罪に抵つ」の三条だけにするという「法三章」を約束していました。ここでは、軍を霸上に退けたのは諸侯を待って取り決めをするためだと説明し、役人を各地に派遣して周知させます。秦の民が喜んで食べ物や酒を差し出すと、劉邦は「倉に穀物は足りている、民に負担をかけたくない」と受け取りませんでした。民が「劉邦が秦王にならないことだけを恐れた」という結びは、人心が完全に劉邦に傾いたことを示しています。新しい組織に乗り込むときは、奪わないこと、負担をかけないことを行動で示すのが、信頼を得る最短の道です。
この章句が説くこと
人心漢高祖劉邦財物を封じる信頼勝利の後の自制法三章
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