新書 / 立後義
夫勢明則民定而出於一道,故人皆爭為宰相而不姦為世子,非宰相尊而世子卑也,不可以智求,不可以力爭也。今以為知子莫如父,故疾死置後者,恣父之所以。比使親戚不相親,兄弟不相愛,亂天下之紀,使天下之俗失所尊敬而不讓,其道莫經於此。疾死致後復以嫡長子,如此則親戚相愛也,兄弟不爭,此天下之至義也。民之不爭,亦惟學王宮國君室也。
新字:夫勢明則民定而出於一道,故人皆争為宰相而不姦為世子,非宰相尊而世子卑也,不可以智求,不可以力争也。今以為知子莫如父,故疾死置後者,恣父之所以。比使親戚不相親,兄弟不相愛,乱天下之紀,使天下之俗失所尊敬而不譲,其道莫経於此。疾死致後復以嫡長子,如此則親戚相愛也,兄弟不争,此天下之至義也。民之不争,亦惟学王宮国君室也。
書き下し
夫れ勢明らかなれば則ち民定まりて一道より出づ。故に人皆な宰相と為るを争いて世子と為るを姦さず。宰相尊くして世子卑きに非ざるなり、智を以て求む可からず、力を以て争う可からざればなり。今、子を知るは父に如くは莫しと以為えり。故に疾みて死せば後を置く者、父の以う所を恣にす。比ごろ親戚をして相親しまず、兄弟をして相愛せざらしめ、天下の紀を乱し、天下の俗をして尊敬する所を失いて譲らざらしむ。其の道此より経なるは莫し。疾みて死するに後を致すに復た嫡長子を以てすれば、此くの如くんば則ち親戚相愛し、兄弟争わず、此れ天下の至義なり。民の争わざるは、亦た惟れ王宮国君の室に学ぶなり。
現代語訳
立場がはっきりしていれば、民は定まり、一つの道から出ます。だから人々は宰相になることは争っても、世子になることを犯そうとはしません。宰相が尊く世子が卑しいからではなく、知恵で求められず、力で争えないからです。いま、子のことは父が一番よく知っている、と考えられています。そこで病で死ぬ者が後継を決めるとき、父の考えのままにします。近ごろは、そのために親戚が互いに親しまず、兄弟が愛し合わなくなり、天下の筋目を乱し、天下の風俗が尊び敬うべき相手を失って譲らなくなっています。その道理にもとること、これより大きなものはありません。病で死ぬときに後継を決めるのに、嫡長子を立てるようにすれば、親戚は互いに愛し合い、兄弟は争わず、これは天下の最も正しい義です。民が争わないのも、ただ王宮や国君の家に学んでいるからです。
解説
この章句が説くこと
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