韓非子 / 難勢第四十
夫良馬固車、使臧獲御之、則爲人笑、王良御之、日取千里。車馬非異也、或至千里、或爲人笑、則巧拙相去遠矣。
新字:夫良馬固車、使臧獲御之、則為人笑、王良御之、日取千里。車馬非異也、或至千里、或為人笑、則巧拙相去遠矣。
書き下し
夫れ良馬固車も、臧獲をして之を御せしむれば、則ち人の笑いと為らんも、王良之を御せば、日に千里を取る。車馬異なるに非ざるなり。或いは千里に至り、或いは人の笑いと為るは、則ち巧拙相去ること遠ければなり。
現代語訳
優れた馬と頑丈な車(=優れたリソースや権限)があっても、未熟な者(臧獲)がそれを扱えば人々の笑いものになり、名人(王良)が扱えば一日に千里を走る。車や馬が違うのではない。結果が天と地ほど違うのは、扱う者の「技術(巧拙)」が大きく異なるからだ。
解説
どんなに優れた馬と頑丈な車があっても、それを御する者が未熟であれば、思うように進めず人々の笑い物になる。しかし名人が手綱を握れば、同じ馬と車で一日に千里もの道のりを走り抜ける。馬や車という道具そのものは何も変わっていない。結果に天と地ほどの差が出るのは、それを扱う者の腕前が違うからだと韓非は言います。良い車も権限や地位も、それ自体は良い結果を保証してくれるただの道具にすぎません。立派な肩書きや大きな予算を与えられても、それを使いこなす力がなければ空回りするばかりか、かえって周りに迷惑をかけてしまいます。人の上に立つ役割を任せるときには、その立場にふさわしい実力を日頃から磨いておくことが欠かせないのです。
この章句が説くこと
スキル能力リーダーシップ権限委譲適材適所ツール
関連する章句
-
論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
-
『韓非子』難言第三捷敏辯給にして、文采に繁ければ
-
論語・憲問篇子曰く、孟公綽は、趙・魏の老と為らば則ち優なり。以て滕・薛の大夫と為す可からず。
-
論語・衛霊公篇子曰く、『君子は能無きを病む。人の己を知らざるを病まず。』
-
説苑・政理子產、鄭に相たり。簡公、子產に謂いて曰く、「內政は出す毋かれ、外政は入る毋かれ。夫れ衣裘の美ならざる、車馬の飾らざる、子女の潔からざるは、寡人の醜なり。國家の治まらざる、封疆の正しからざるは、夫子の醜なり。」子產、鄭に相たり、簡公の身を終うるまで、內には國中の亂無く、外には諸侯の患無し。子產の政に從うや、能を擇びて之を使う。馮簡子は事を斷ずるに善く、子太叔は決するに善くして文あり、公孫揮は四國の為す所を知りて其の大夫の族姓を辨じ、變じて立ちどころに至り、又善く辭令を為す。裨諶は謀るに善く、野に於ては獲るも邑に於ては否らず。事有れば乃ち裨諶を載せて之と野に適き、謀りて可否を使め、告げて馮簡子をして之を斷ぜしめ、公孫揮をして之が辭令を為さしめ、成りて乃ち子太叔受けて之を行わしめ、以て賓客に應對す。是を以て鮮に敗事有り。
-
『韓非子』用人第二十七此の如くなれば、則ち白黑分かる。國を治むるの臣は、功を國に效して以て位を履み、能を官に見はして以て職を受け、力を權衡に盡くして以て事に任ず。