韓非子 / 喻老第二十一
孫叔敖之謂也。制在己曰重,不離位曰静。重則能使輕,静則能使躁。故曰:「重爲輕根,静爲躁君。」故曰「君子終日行,不離輜重」也。邦者,人君之輜重也。主父生傳其邦,此離其輜重者也,故雖有代、雲中之樂,超然已無趙矣。主父,萬乘之主,而以身輕於天下。
新字:孫叔敖之謂也。制在己曰重,不離位曰静。重則能使軽,静則能使躁。故曰:「重為軽根,静為躁君。」故曰「君子終日行,不離輜重」也。邦者,人君之輜重也。主父生伝其邦,此離其輜重者也,故雖有代、雲中之楽,超然已無趙矣。主父,万乗之主,而以身軽於天下。
書き下し
孫叔敖の謂なり。制己に在るを重と曰ひ、位を離れざるを静と曰ふ。重なれば則ち能く軽を使ひ、静なれば則ち能く躁を使ふ。故に曰く、「重は軽の根為り、静は躁の君為り」と。故に曰く、「君子は終日行きて、輜重を離れず」と。邦は人君の輜重なり。主父、生きながら其の邦を伝ふ、此れ其の輜重を離るる者なり。故に代・雲中の楽有りと雖も、超然として已に趙無し。主父は万乗の主にして、身を以て天下に軽んぜらる。
現代語訳
(前段の話は)孫叔敖のことを言ったのである。支配の権が自分の手にあることを「重」といい、その地位を離れないことを「静」という。重ければ軽いものを使いこなせ、静かであれば落ち着きのないものを使いこなせる。だから(老子は)「重いものは軽いものの根本であり、静かなものは騒がしいものの主君である」と言い、また「君子は一日じゅう旅をしても、荷車(輜重)から離れない」と言うのである。国は君主にとっての輜重である。趙の主父(武霊王)は、生きているうちに国を(子に)譲った。これはその輜重から離れた者である。だから代や雲中の地で楽しみを得ても、すでに趙の国は手から離れてしまっていた。主父は万乗の大国の君主でありながら、自らその身を天下に軽んじさせたのである。
解説
老子の「重は軽の根、静は躁の君」を、権力の所在の話として読み替えた段です。韓非は「重」を支配の権が自分にあること、「静」を地位を離れないことと定義し直します。例に挙げられる趙の武霊王は、胡服騎射で国を強くした名君ですが、存命中に位を子に譲って主父と称し、のちに内紛に巻き込まれて餓死したと伝わります。権限を手放したまま影響力だけ保とうとした失敗です。韓非の法・術・勢のうち「勢」、つまり地位に伴う力を手放すなという主張がよく表れています。事業承継でも、形だけ譲って実権の所在を曖昧にすると、組織が二つの頭に割れて混乱します。
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