新書 / 胎教
易曰:「正其本,而萬物理。失之毫釐,差以千里。」故君子慎始。春秋之元,詩之關雎,禮之冠婚,易之乾坤,皆慎始敬云爾。素成,謹為子孫婚妻嫁女,必擇孝悌世世有行義者。如是,則子孫慈孝,不敢淫暴,黨無不善,三族輔之。故鳳凰生而有仁義之意,虎狼生而有貪戾之心,兩者不等,各以其母。嗚呼,戒之哉!無養乳虎,將傷天下。故素成,胎教之道,書之玉版,藏之金櫃,置之宗廟,以為後世戒。
新字:易曰:「正其本,而万物理。失之毫釐,差以千里。」故君子慎始。春秋之元,詩之関雎,礼之冠婚,易之乾坤,皆慎始敬云爾。素成,謹為子孫婚妻嫁女,必択孝悌世世有行義者。如是,則子孫慈孝,不敢淫暴,党無不善,三族輔之。故鳳凰生而有仁義之意,虎狼生而有貪戻之心,両者不等,各以其母。嗚呼,戒之哉!無養乳虎,将傷天下。故素成,胎教之道,書之玉版,蔵之金櫃,置之宗廟,以為後世戒。
書き下し
易に曰く、「其の本を正せば、万物理まる。之を毫釐に失えば、差うこと千里を以てす」と。故に君子は始めを慎む。春秋の元、詩の関雎、礼の冠婚、易の乾坤は、皆な始めを慎み敬うと云うのみ。素成、謹んで子孫の婚妻嫁女を為すに、必ず孝悌にして世世行義有る者を択ぶ。是くの如くなれば、則ち子孫は慈孝にして、敢えて淫暴せず、党に不善無く、三族之を輔く。故に鳳凰は生まれて仁義の意有り、虎狼は生まれて貪戻の心有り、両者の等しからざるは、各おの其の母に以る。嗚呼、之を戒めよや。乳虎を養う無かれ、将に天下を傷つけんとす。故に素成、胎教の道、之を玉版に書し、之を金櫃に蔵し、之を宗廟に置き、以て後世の戒めと為す。
現代語訳
『易』に言います。「その根本を正せば、万物は整う。それを毫釐ほどでも誤れば、千里の差となる」と。だから君子は始めを慎みます。『春秋』の元年、『詩』の関雎、『礼』の冠婚、『易』の乾坤は、いずれも始めを慎み敬うことを言っているのです。素成は、子孫の結婚や娘の嫁入りを謹んで行うとき、必ず孝悌があり、代々行いと義のある者を選びます。そうすれば子孫は慈しみ深く孝行で、あえて淫らや乱暴をせず、一族に悪い者がなく、三つの親族が助け合います。鳳凰は生まれながらに仁義の心があり、虎や狼は生まれながらに貪りと荒々しさの心があって、両者が同じでないのは、それぞれの母によるのです。ああ、これを戒めなさい。乳を飲む虎を養ってはなりません。やがて天下を傷つけます。ですから素成は、胎教の道を玉の板に書き、金の箱に蔵め、宗廟に置いて、後世の戒めとしたのです。
解説
この章句が説くこと
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