新書 / 大政下
夫民者,諸侯之本也;教者,政之本也;道者,教之本也。有道,然後教也;有教,然後政治也;政治,然後民勸之;民勸之,然後國豐富也。故國豐且富,然後君樂也。忠,臣之功也;臣之忠者,君之明也。臣忠君明,此之謂政之綱也。故國也者行政之綱,然後國臧也。故君之信在於所信,所信不信,雖欲論信也,終身不信矣。故所信不可不慎也。事君之道,不過於事父,故不肖者之事父也,不可以事君;事長之道,不過於事兄,故不肖者之事兄也,不可以事長;使下之道,不過於使弟,故不肖者之使弟也,不可以使下;交接之道,不過於爲身,故不肖者之爲身也,不可以接友;慈民之道,不過於愛其子,故不肖者之愛其子,不可以慈民;居官之道,不過於居家,故不肖者之於家也,不可以居官。
新字:夫民者,諸侯之本也;教者,政之本也;道者,教之本也。有道,然後教也;有教,然後政治也;政治,然後民勧之;民勧之,然後国豊富也。故国豊且富,然後君楽也。忠,臣之功也;臣之忠者,君之明也。臣忠君明,此之謂政之綱也。故国也者行政之綱,然後国臧也。故君之信在於所信,所信不信,雖欲論信也,終身不信矣。故所信不可不慎也。事君之道,不過於事父,故不肖者之事父也,不可以事君;事長之道,不過於事兄,故不肖者之事兄也,不可以事長;使下之道,不過於使弟,故不肖者之使弟也,不可以使下;交接之道,不過於為身,故不肖者之為身也,不可以接友;慈民之道,不過於愛其子,故不肖者之愛其子,不可以慈民;居官之道,不過於居家,故不肖者之於家也,不可以居官。
書き下し
夫れ民は、諸侯の本なり。教は、政の本なり。道は、教の本なり。道有りて、然る後に教う。教有りて、然る後に政治まる。政治まりて、然る後に民之を勧む。民之を勧めて、然る後に国は豊富なり。故に国豊かにして且つ富めば、然る後に君は楽しむ。忠は、臣の功なり。臣の忠なるは、君の明なり。臣忠にして君明らかなる、此れを政の綱と謂う。故に国なる者は政を行うの綱、然る後に国は臧し。故に君の信は信ずる所に在り、信ずる所信ならざれば、論信せんと欲すと雖も、終身信ならざらん。故に信ずる所は慎まざる可からず。君に事うるの道は、父に事うるに過ぎず、故に不肖者の父に事うるや、以て君に事う可からず。長に事うるの道は、兄に事うるに過ぎず、故に不肖者の兄に事うるや、以て長に事う可からず。下を使うの道は、弟を使うに過ぎず、故に不肖者の弟を使うや、以て下を使う可からず。交接の道は、身の為にするに過ぎず、故に不肖者の身の為にするや、以て友に接す可からず。民を慈しむの道は、其の子を愛するに過ぎず、故に不肖者の其の子を愛するや、以て民を慈しむ可からず。官に居るの道は、家に居るに過ぎず、故に不肖者の家に於けるや、以て官に居る可からず。
現代語訳
民は諸侯の根本です。教えは政の根本です。道は教えの根本です。道があって、それから教えます。教えがあって、それから政が治まります。政が治まって、それから民が励みます。民が励んで、それから国が豊かになります。国が豊かで富んで、それから君は楽しみます。忠は臣の功であり、臣が忠であることは君の明です。臣が忠で君が明らかなことを、政の綱といいます。国は政を行うための綱であり、それではじめて国は善くなります。君の信は、信ずる相手にかかっています。信ずる相手が信を欠けば、信を論じようとしても、生涯信を得られません。だから信ずる相手は慎んで選ばなければなりません。君に仕える道は、父に仕える道を超えることはなく、父に不肖な仕え方をする者は君に仕えられません。年長者に仕える道は兄に仕える道を超えず、兄に不肖な仕え方をする者は年長者に仕えられません。下を使う道は弟を使う道を超えず、弟の使い方が不肖な者は下を使えません。人と交わる道は自分のためにする道を超えず、自分のためのやり方が不肖な者は友と接することができません。民を慈しむ道は我が子を愛する道を超えず、子の愛し方が不肖な者は民を慈しめません。官に居る道は家に居る道を超えず、家での居方が不肖な者は官に居ることができません。
解説
この章句が説くこと
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『五常訓』巻之五・信信は、天道にていはば誠なり。真実無妄を誠と云ふ。天道に春夏秋冬の四時あり。其内に土用あり。四時に元亨利貞の四徳あり。四徳の実にして、万世までたがはざるは誠なり。人に仁義礼智ありて、其内に信ある亦かくの如し。元亨利貞、四時のめぐりの序ちがはざるは、即誠なり。天道の、春生じ、夏長じ、秋をさめ、冬かくすこと、年々同じく、日月のめぐり、四時の温熱涼寒、人物のかたちも性も、万古より今に至りてかはらず。桃花は年々紅に、李花は年々白きも、皆是天道の誠たがはざるなり。天道にありては誠と云ひ、人に生れつきては信と云ふ。天にあり、人にある、理は一なり。
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『五常訓』巻之五・信一子路無宿諾とは、一たび行はんと心にうけごひたる事を、延引せず、すみやかに行はれしとなり。是信ある所なり。一信は心に誠あるなり。心に誠あれば、言行の上にあらはる。言は行をかへりみていひ、行は言をかへりみて行ふ。是言行共に信あるなり。もし身に行はざる事を口にいひ、口に言ふ事を身に行はざるは、是言行共に信なきなり。言ふ事は易く、行ふ事はかたし。故に言をばひかへ、行をば過すべし。是信を行ふ道なり。
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