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五常訓 / 巻之一・総論

又孟子はじめて仁義禮智の四德をつらねて說き給へり。是又仁義の外、禮智あるにあらず。禮は仁よりいで、智は義の內にあり。朱子の、禮は仁之著るゝなり。智者義之藏るゝなりといへるが如し。仁義をわかちて四德を說くは、陰陽をわかてば、春夏秋冬の四時となるに本づけり。前漢の董仲舒曰。仁義禮智信五常之道、王者所當修飾也といへり。是四德に信を加へて、五常と說ける始なり。四德の外、別に信あるにあらず。四德のまことありて僞無きは、卽信なり。信なければ仁義禮智にあらず。たとへば四時の內に土用ありて、木火金水の氣行はるるが如し。木火金水も、土なければ生ぜず。是董仲舒のはじめて說き出せるにもあらず。上代よりすでに此說あればなり。

新字:又孟子はじめて仁義礼智の四徳をつらねて説き給へり。是又仁義の外、礼智あるにあらず。礼は仁よりいで、智は義の内にあり。朱子の、礼は仁之著るゝなり。智者義之蔵るゝなりといへるが如し。仁義をわかちて四徳を説くは、陰陽をわかてば、春夏秋冬の四時となるに本づけり。前漢の董仲舒曰。仁義礼智信五常之道、王者所当修飾也といへり。是四徳に信を加へて、五常と説ける始なり。四徳の外、別に信あるにあらず。四徳のまことありて偽無きは、即信なり。信なければ仁義礼智にあらず。たとへば四時の内に土用ありて、木火金水の気行はるるが如し。木火金水も、土なければ生ぜず。是董仲舒のはじめて説き出せるにもあらず。上代よりすでに此説あればなり。

書き下し

又孟子はじめて仁義礼智の四徳をつらねて説き給へり。是又仁義の外、礼智あるにあらず。礼は仁よりいで、智は義の内にあり。朱子の、礼は仁の著るるなり。智は義の蔵るるなりといへるが如し。仁義をわかちて四徳を説くは、陰陽をわかてば、春夏秋冬の四時となるに本づけり。前漢の董仲舒曰く。仁義礼智信五常の道は、王者の当に修飾すべき所なりといへり。是四徳に信を加へて、五常と説ける始なり。四徳の外、別に信あるにあらず。四徳のまことありて偽無きは、即信なり。信なければ仁義礼智にあらず。たとへば四時の内に土用ありて、木火金水の気行はるるが如し。木火金水も、土なければ生ぜず。是董仲舒のはじめて説き出せるにもあらず。上代よりすでに此説あればなり。

現代語訳

また孟子が初めて仁義礼智の四徳を並べて説かれました。これもまた仁義のほかに礼智があるのではありません。礼は仁から出て、智は義の内にあります。朱子が「礼は仁の現れたもの、智は義のしまわれたもの」といったとおりです。仁義を分けて四徳を説くのは、陰陽を分ければ春夏秋冬の四季になることにもとづいています。前漢の董仲舒は「仁義礼智信の五常の道は、王たる者が修め整えるべきものである」といいました。これが四徳に信を加えて五常と説いた始まりです。四徳のほかに別に信があるのではありません。四徳に真実があって偽りがないことが、すなわち信です。信がなければ仁義礼智ではありません。たとえば四季の中に土用があって、木火金水の気が行われるようなものです。木火金水も土がなければ生じません。これは董仲舒が初めて説き出したものでもありません。上代からすでにこの説があったからです。

解説

五常という枠組みが、孔子の仁、孟子の四徳、前漢の董仲舒による信の追加という順に形づくられた歴史を説明しています。益軒は信を独立した徳とはせず、四徳が本物であることそのものが信だと捉え、五行で土が他の四つを支える関係にたとえました。朱子学の体系をやさしい和文で整理してみせるところに、晩年の益軒の教訓書の特色があります。誠実さを他の美徳の土台とみる考えは、信頼を積み重ねる仕事や家庭の人間関係にもそのまま通じます。

この章句が説くこと

信四徳五常董仲舒誠

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