五常訓 / 巻之五・信
一朱子曰、人の誠ならざる所、多くは言の上にありと。信をまもるに、言語の上に心を用ひて、實を以てすべし。一朋友に交るには、もとより愛敬を用ふべし。然れども、信なければ、愛敬も僞より出て、誠の愛敬にあらず。顏色をやはらげ、容貌をうやうやしくするも、僞りかざれるは、愛敬とすべからず。
新字:一朱子曰、人の誠ならざる所、多くは言の上にありと。信をまもるに、言語の上に心を用ひて、実を以てすべし。一朋友に交るには、もとより愛敬を用ふべし。然れども、信なければ、愛敬も偽より出て、誠の愛敬にあらず。顔色をやはらげ、容貌をうやうやしくするも、偽りかざれるは、愛敬とすべからず。
書き下し
一朱子曰、人の誠ならざる所、多くは言の上にありと。信をまもるに、言語の上に心を用ひて、実を以てすべし。一朋友に交るには、もとより愛敬を用ふべし。然れども、信なければ、愛敬も偽より出て、誠の愛敬にあらず。顔色をやはらげ、容貌をうやうやしくするも、偽りかざれるは、愛敬とすべからず。
現代語訳
朱子は「人の誠でないところは、多くは言葉の上にある」と言いました。信を守るには、言葉の上に心を用いて、実をもってすべきです。朋友と交わるには、もとより愛と敬を用いるべきです。けれども信がなければ、愛敬も偽りから出て、誠の愛敬ではありません。顔色をやわらげ、容貌をうやうやしくしても、偽り飾っているのは愛敬とすべきではありません。
解説
朱子の言葉を引いて、人の不誠実はまず言葉に表れるので、信を守るには言葉に気をつけよと説きます。続いて朋友との交わりについて、愛と敬が大切であっても、信がなければそれは偽りの愛敬だと言います。にこやかな顔や丁寧な態度も、心がこもっていなければ飾りにすぎません。うわべの愛想のよさと本当の親しみの違いは、長く付き合ううちに必ず見えてきます。言葉と態度に中身を伴わせることが、友情を長続きさせる基本だという教えです。
この章句が説くこと
信朋友誠朱子言葉
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