新書 / 大政下
無世而無聖,或不得知也;無國而無士,或弗能得也。故世未嘗無聖也,而聖不得聖王則弗起也;國未嘗無士也,不得君子則弗助也。上聖明則士闇飾矣,故聖王在上位,則士百里而有一人,則猶無有也。故王者衰,則士沒矣。故暴亂位上,則千里而有一人,則猶比肩也。故國者有不幸而無明君;君明也,則國無不幸而無賢士矣。故自古而至於今,澤有無水,國無無士。故士易得而難求也,易致而難留也。故求士而不以道,周徧境內不能得一人焉。故求士而以道,則國中多有之。此之謂士易得而難求也。故待士而以敬,則士必居矣;待士而不以道,則士必去矣。此之謂士易致而難留也。
新字:無世而無聖,或不得知也;無国而無士,或弗能得也。故世未嘗無聖也,而聖不得聖王則弗起也;国未嘗無士也,不得君子則弗助也。上聖明則士闇飾矣,故聖王在上位,則士百里而有一人,則猶無有也。故王者衰,則士没矣。故暴乱位上,則千里而有一人,則猶比肩也。故国者有不幸而無明君;君明也,則国無不幸而無賢士矣。故自古而至於今,沢有無水,国無無士。故士易得而難求也,易致而難留也。故求士而不以道,周遍境内不能得一人焉。故求士而以道,則国中多有之。此之謂士易得而難求也。故待士而以敬,則士必居矣;待士而不以道,則士必去矣。此之謂士易致而難留也。
書き下し
世として聖無きは無きも、或いは知るを得ざるなり。国として士無きは無きも、或いは得る能わざるなり。故に世は未だ嘗て聖無きにあらざるなり、而れども聖は聖王を得ざれば則ち起たず。国は未だ嘗て士無きにあらざるなり、君子を得ざれば則ち助けず。上聖明なれば則ち士は闇飾す。故に聖王上位に在れば、則ち士は百里にして一人有るも、則ち猶お有ること無きがごとし。故に王者衰うれば、則ち士は没す。故に暴乱位に上れば、則ち千里にして一人有るも、則ち猶お肩を比ぶるがごとし。故に国は不幸にして明君無き者有り。君明なれば、則ち国に不幸にして賢士無き者無し。故に古より今に至るまで、沢に水無き有るも、国に士無き無し。故に士は得易くして求め難く、致し易くして留め難きなり。故に士を求めて道を以てせざれば、境内を周徧するも一人を得ること能わず。故に士を求めて道を以てすれば、則ち国中に多く之有り。此れを士は得易くして求め難しと謂うなり。故に士を待するに敬を以てすれば、則ち士は必ず居る。士を待するに道を以てせざれば、則ち士は必ず去る。此れを士は致し易くして留め難しと謂うなり。
現代語訳
どの時代にも聖人がいないことはありませんが、見つけられないことがあります。どの国にも士がいないことはありませんが、得られないことがあります。時代に聖人がいなかったためしはありませんが、聖人は聖王を得なければ起ちません。国に士がいなかったためしはありませんが、君子を得なければ助けません。上の聖が明らかであれば、士は暗がりに身を飾って隠れます。聖王が上位にあれば、百里に一人の士がいても、いないも同然に見えます。王者が衰えれば士は姿を消します。暴乱の者が位に上れば、千里に一人いても、肩を並べるほどに見えます。国には不幸にして明君がいない場合があります。君が明るければ、国に不幸にして賢士がいないことはありません。昔から今まで、沢に水のないことはあっても、国に士のないことはありません。だから士は得やすいが求めにくく、招きやすいが留めにくいのです。士を求めるのに道を用いなければ、国中を巡っても一人も得られません。士を求めるのに道を用いれば、国中にたくさんいます。これを、士は得やすいが求めにくいと言います。士を待遇するのに敬を用いれば士は必ず留まり、道を用いなければ士は必ず去ります。これを、士は招きやすいが留めにくいと言います。
解説
この章句が説くこと
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