家道訓 / 巻之二・総論中
一奴婢は、才力ありて質實なるこそねがはしけれど、かゝる者はまれなり。才辨にして利口なる者は、多くはまことすくなくして、主をあざむき、かだましき事を行ふ。家主たる人、もし是を喜びて家事をまかせては、必ず大なる禍となる。才德二ながら得がたければ、才鈍くとも質實なるを好むべし。鈍くしてはかゆかざれども、質實なれば、主人の敎にしたがひやすく、後の禍なし。
新字:一奴婢は、才力ありて質実なるこそねがはしけれど、かゝる者はまれなり。才弁にして利口なる者は、多くはまことすくなくして、主をあざむき、かだましき事を行ふ。家主たる人、もし是を喜びて家事をまかせては、必ず大なる禍となる。才徳二ながら得がたければ、才鈍くとも質実なるを好むべし。鈍くしてはかゆかざれども、質実なれば、主人の教にしたがひやすく、後の禍なし。
書き下し
一奴婢は、才力ありて質実なるこそねがはしけれど、かかる者はまれなり。才弁にして利口なる者は、多くはまことすくなくして、主をあざむき、かだましき事を行ふ。家主たる人、もし是を喜びて家事をまかせては、必ず大なる禍となる。才徳二ながら得がたければ、才鈍くとも質実なるを好むべし。鈍くしてはかゆかざれども、質実なれば、主人の教にしたがひやすく、後の禍なし。
現代語訳
召使いは、才力があって質実なのが望ましいのですが、そのような者はまれです。才弁があって口のうまい者は、多くは誠が少なくて、主人を欺き、よこしまなことを行います。家の主人たる人が、もしこれを喜んで家事を任せれば、必ず大きな災いとなります。才と徳の二つをともに得ることが難しいなら、才は鈍くても質実な者を好むべきです。鈍くてはかどらなくても、質実であれば主人の教えに従いやすく、後の災いがありません。
解説
この章句が説くこと
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