新書 / 君道
詩曰:「愷悌君子,民之父母。」言聖王之德也。易曰:「鳴鶴在陰,其子和之。」言士民之報也。書曰:「大道亶亶,其去身不遠,人皆有之,舜獨以之。」夫射而不中者,不求之鵠,而反脩之於己。君國子民者,反求之己,而君道備矣。
新字:詩曰:「愷悌君子,民之父母。」言聖王之徳也。易曰:「鳴鶴在陰,其子和之。」言士民之報也。書曰:「大道亶亶,其去身不遠,人皆有之,舜独以之。」夫射而不中者,不求之鵠,而反脩之於己。君国子民者,反求之己,而君道備矣。
書き下し
詩に曰く、「愷悌の君子は、民の父母」と。聖王の徳を言う。易に曰く、「鳴鶴陰に在り、其の子之に和す」と。士民の報を言う。書に曰く、「大道は亶亶として、其の身を去ること遠からず、人皆之有り、舜独り以て之を行う」と。夫れ射て中らざる者は、之を鵠に求めずして、反って之を己に脩む。国に君として民を子とする者は、反って之を己に求むれば、君道備わる。
現代語訳
『詩経』に「穏やかで楽しい君子は、民の父母である」とあります。聖王の徳を述べたものです。『易』に「鳴く鶴が日陰にいて、その子がこれに声を合わせる」とあります。士民の応じ方を述べたものです。『書』に「大道は平らかで、自分の身から遠くない。人は皆これを持っているが、舜だけがこれを行った」とあります。そもそも矢を射て当たらない者は、的のせいにせず、かえって自分の腕を修めます。国に君臨し、民を我が子とする者は、かえって自分に原因を求めれば、君としての道が備わります。
解説
『詩経』『易』『書』の三つの句を並べて、君主の徳と民の応答を述べ、弓の喩えで締める短い段です。「鳴鶴在陰」は、鶴の親が鳴けば子が声を合わせる、つまり君が徳を示せば民が応じる、という意味に読まれます。賈誼は、的に当たらない射手が的を責めずに自分の射を直すように、治める者は結果を民のせいにせず自分に求めよ、と言います。これは『孟子』にも通じる考え方です。部下が動かないとき、組織の不振が続くとき、原因を相手の能力や意識に求めたくなりますが、最初に点検すべきは自分の指示や仕組みです。責任の置き場を自分に戻す習慣は、管理職にとって最も安く、最も効く改善手段になります。
この章句が説くこと
君道反求諸己責任射徳新書
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