新書 / 退讓
語曰:「轉敗而爲功,因禍而爲福。」老子曰:「報怨以德。」此之謂乎?夫人既不善,胡足效哉?翟王使使至楚,楚王欲誇之,故饗客於章華之臺上。上者三休,而乃至其上。楚王曰:「翟國亦有此臺乎?」使者曰:「否。翟,窶國也,惡見此臺也?翟王之自爲室也,堂高三尺,壤陛三絫,茆茨弗翦,采椽弗刮。且翟王猶以作之者大苦,居之者大佚。翟國惡見此臺也!」楚王媿。
新字:語曰:「転敗而為功,因禍而為福。」老子曰:「報怨以徳。」此之謂乎?夫人既不善,胡足効哉?翟王使使至楚,楚王欲誇之,故饗客於章華之台上。上者三休,而乃至其上。楚王曰:「翟国亦有此台乎?」使者曰:「否。翟,窶国也,悪見此台也?翟王之自為室也,堂高三尺,壤陛三絫,茆茨弗翦,采椽弗刮。且翟王猶以作之者大苦,居之者大佚。翟国悪見此台也!」楚王愧。
書き下し
語に曰く、「敗を転じて功と為し、禍に因りて福と為す」と。老子曰く、「怨みに報ゆるに徳を以てす」と。此れを之れ謂うか。夫れ人既に不善なるに、胡ぞ効うに足らんや。翟王使いをして楚に至らしむ。楚王之に誇らんと欲し、故に客を章華の台の上に饗す。上る者三たび休みて、乃ち其の上に至る。楚王曰く、「翟国にも亦此の台有りや」と。使者曰く、「否。翟は窶しき国なり。惡んぞ此の台を見んや。翟王の自ら室を為るや、堂の高さ三尺、壌の陛三絫、茆茨は翦らず、采椽は刮らず。且つ翟王は猶お作る者の大いに苦しみ、居る者の大いに佚するを以てす。翟国惡んぞ此の台を見んや」と。楚王媿ず。
現代語訳
ことわざに「敗れをひっくり返して功とし、禍によって福とする」といいます。老子は「怨みには徳で報いる」と言いました。これのことを言うのでしょうか。そもそも人が不善であるのに、どうして真似するに値するでしょうか。翟の王が使者を楚に遣わしました。楚王は自慢しようと思い、章華の台の上で客をもてなしました。上る者は三度休んで、ようやく頂上に着きました。楚王は言いました。「翟の国にもこのような台はあるか」と。使者は答えました。「いいえ。翟は貧しい国です。どうしてこのような台がありましょうか。翟王が自分の住まいを作るときは、堂の高さは三尺、土の階段は三段で、茅の屋根は切りそろえず、垂木は削りません。しかも翟王は、作る者が非常に苦労し、住む者だけが楽をすることを、なお気にかけています。翟の国には、このような台はありません」と。楚王は恥じ入りました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』離婁上 第七章此の章、公孫丑上篇第七章と同一の手段、同一の議論にして、均しく恥の一字を以て人を激励す。恥の一字は孟子喫緊の語なり。故に云ふ「人は以て恥無かるべからず」、又云ふ「恥の人に於ける大なり」(並びに盡心上篇に見ゆ)。然れども恥を知らぬ人に至りては、孟子の説も亦窮すべし。斉の景公の涕出でて呉に女すを見て、一時の権道、保国の良図と思ふの族は、人間に羞恥と云ふことあるを夢にも知らず。斯の人をして路に当たらしめば、国体を失ひ国事を誤ること、豈に限りあらんや。然れども恥は人心必有の物なれば、木石に非ざるよりは恥なきことを得ず。其の恥なきと云ふ者は、真に恥なきに非ず。恥づと雖も是れを処することなき故に、強ひて恥ぢざるの容をなすのみ。其の中心益々自ら恥づるなり。是れに因りて孟子又是れを処するの法を掲示し、遂に五年・七年等の効験を挙げて是れを歓動す。是に於て誰か敢へて羞恥を棄てて効験に趨かざらんや。況んや文王を師とするは甚だ容易なることにて、即ち上章反求在身の説に過ぎず。其の政に発する者は民を養ひ且つ教ふるに過ぎず。其の兵に発する者は民を弔ひ罪を伐つに過ぎず。已に羞恥の甚しきを知り、又効験の易きを知る。誰か敢へて其の図を改めざらんや。如何ぞ今人頑然として移らざる。時に復た孟子あることなし。吾将た誰をか尤めん。悲しいかな。
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『驢鞍橋』卷中又此の恥は、浮世の人知らされば、苦しからずとは云はんや。夢幻なる人間の中の恥をだに愚に思ふは更になし。況や未来永劫の恥に於てをや。此の理をしらさるを、理を知る人と云はんや、義ある人となさんや。さりとては兼て思ひ知り給ふへし。理ある人間ならは、是れを恐るへし。義ある人ならは、勇猛堅固の心釼を以て、生死の敵を截断して、大平に住すへしと云ふはさまざまの異生となり、悪道に輪廻し、世々生々耻を曝さん事、口惜き事に非すや。是れを永劫の苦みと云ふ也。是れをかへりみすと云ふこと有らんや。なに人の知るぞ知らぬぞと云ふ間ならんや。さりとては兼てよふ思ひ知り、勇猛心を以て生死を修し離れて、大安楽に住せよと云ふ事也。是れまてはいさめの分式也。末はおつとつて心の用ゐ様也。
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、
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言志四録・言志晩録 第二百四十条 恥を知れば則ち恥無し人は恥無かるべからず。又悔無かるべからず。悔を知れば則ち悔無く、恥を知れば則ち恥無し。
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『慎思録』巻之二人の世に在るや、恥づべき者五つ。寒餓の士、溝壑に転死する者は、与り存せず。人の子為る者、不孝にして父母に順はざる、一の恥づべきなり。人の臣為る者、其の位に居りて素餐し、且つ節に死せざる、二の恥づべきなり。民の父母為りて、其の民を養ふこと能はざる、三の恥づべきなり。学びて道を知ること能はざる、四の恥づべきなり。知りて行ふこと能はざる、五の恥づべきなり。
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