新書 / 先醒
昔者虢君驕恣自伐,謟諛親貴,諫臣詰逐,政治踳亂,國人不服。晉師伐之,虢人不守,虢君出走,至於澤中。曰:『吾渴而欲飲。』其御乃進清酒。曰: 『吾饑而欲食。』御進腶脯梁糗。虢君喜,曰:『何給也?』御曰:『儲之久矣。』『何故儲之?』對曰:『爲君出亡而道饑渴也。』君曰:『知寡人亡邪?』對曰:『知之。』曰:『知之,何以不諫?』對曰:『君好謟諛而惡至言,臣願諫,恐先虢亡。』虢君作色而怒。御謝曰:『臣之言過也。』爲間,君曰: 『吾之亡者,誠何也?』其御曰:『君弗知耶?君之所以亡者,以大賢也。』虢君曰:『賢,人之所以存也。乃亡,何也?』對曰:『天下之君皆不肖,夫疾吾君之獨賢也,故亡。』虢君喜,據式而笑,曰:『嗟,賢固若是苦耶!』
新字:昔者虢君驕恣自伐,謟諛親貴,諫臣詰逐,政治踳乱,国人不服。晋師伐之,虢人不守,虢君出走,至於沢中。曰:『吾渇而欲飲。』其御乃進清酒。曰: 『吾饑而欲食。』御進腶脯梁糗。虢君喜,曰:『何給也?』御曰:『儲之久矣。』『何故儲之?』対曰:『為君出亡而道饑渇也。』君曰:『知寡人亡邪?』対曰:『知之。』曰:『知之,何以不諫?』対曰:『君好謟諛而悪至言,臣願諫,恐先虢亡。』虢君作色而怒。御謝曰:『臣之言過也。』為間,君曰: 『吾之亡者,誠何也?』其御曰:『君弗知耶?君之所以亡者,以大賢也。』虢君曰:『賢,人之所以存也。乃亡,何也?』対曰:『天下之君皆不肖,夫疾吾君之独賢也,故亡。』虢君喜,拠式而笑,曰:『嗟,賢固若是苦耶!』
書き下し
昔者虢君驕恣にして自ら伐り、謟諛して貴に親しみ、諫臣は詰逐され、政治踳乱し、国人服せず。晋師之を伐ち、虢人守らず、虢君出で走り、澤中に至る。曰く、『吾渇して飲まんと欲す』と。其の御乃ち清酒を進む。曰く、『吾饑えて食らわんと欲す』と。御は腶脯と梁糗とを進む。虢君喜びて曰く、『何ぞ給なる』と。御曰く、『儲うること久し』と。『何の故に之を儲う』と。対えて曰く、『君の出亡して道に饑渇せんが為なり』と。君曰く、『寡人の亡ぶを知るか』と。対えて曰く、『之を知る』と。曰く、『之を知るに、何を以て諫めざる』と。対えて曰く、『君は謟諛を好みて至言を悪む。臣諫めんと願えども、虢の亡ぶに先んぜんことを恐る』と。虢君色を作して怒る。御謝して曰く、『臣の言は過てり』と。間を為して、君曰く、『吾の亡ぶる者は、誠に何ぞや』と。其の御曰く、『君は知らざるか。君の亡ぶる所以は、大賢なるを以てなり』と。虢君曰く、『賢は人の存する所以なり。乃ち亡ぶは、何ぞや』と。対えて曰く、『天下の君は皆な不肖にして、夫れ吾が君の独り賢なるを疾む。故に亡ぶ』と。虢君喜び、式に拠りて笑いて曰く、『嗟、賢は固に是くの若く苦しきか』と。
現代語訳
昔、虢の君は驕り高ぶって自らを誇り、へつらう者を貴び、諫める臣は責められて追放され、政治は乱れ、国人は従いませんでした。晋の軍が攻め、虢の人々は守らず、虢の君は逃げ出し、沢のなかに至りました。君は言いました。「喉が渇いた。飲みたい」。御者は清酒を差し出しました。「腹が減った。食べたい」。御者は干し肉と炒り米を差し出しました。虢の君は喜んで言いました。「どうしてこんなに用意が整っているのか」。御者は答えました。「ずっと前から蓄えておりました」。「どうして蓄えていたのか」。「君が逃げるとき、道で飢え渇くでしょうから」。君は言いました。「私が滅びると知っていたのか」。「知っておりました」。「知っていたのに、なぜ諫めなかった」。「君はへつらいを好み、至言を憎まれます。私は諫めたかったのですが、虢が滅びるより先に自分が殺されるのではと恐れました」。虢の君は顔色を変えて怒りました。御者は謝りました。「私の言葉は誤りでした」。しばらくして君は言いました。「私が滅びた理由は、実のところ何だったのか」。御者は言いました。「君はご存じないのですか。君が滅びたのは、あまりに賢かったからです」。虢の君は言いました。「賢は人が存続する理由だ。それなのに滅びたのは、なぜか」。「天下の君主は皆、不肖です。それで我が君だけが賢いのを憎みました。だから滅びたのです」。虢の君は喜び、車の横木にもたれて笑い、言いました。「ああ、賢いというのは、こんなに苦しいものなのか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公十五年 韓原の戦い壬戌、韓原に戰ふ。晉の戎馬濘に還りて止まる。公慶鄭を號ぶ。慶鄭曰く、「諫に愎り卜に違ふ、固より敗を是れ求む、又何ぞ逃れん」と。遂に之を去る。梁由靡韓簡を御し、虢射右と為り、秦伯を輅へ、將に之を止めんとす。鄭公を救ふを以て之を誤らしめ、遂に秦伯を失ふ。秦晉侯を獲て以て歸る。晉の大夫首を反し舍を拔きて、之に從ふ。秦伯使ひして辭せしめて曰く、「二三子何ぞ其れ慼へるや。寡人の君に從ひて西するや、亦た晉の妖夢を是れ踐むのみ、豈に敢へて以て至らんや」と。晉の大夫三拜稽首して曰く、「君は后土を履みて皇天を戴く。皇天后土、實に君の言を聞く、群臣敢へて下風に在らん」と。穆姬晉侯の將に至らんとするを聞き、大子罃・弘と女簡・璧とを以て、臺に登りて薪を履む。免服衰絰を以て逆へしめ、且つ告げしめて曰く、「上天災を降し、我が兩君をして玉帛を以て相見えずして、戎を興すを以てせしむ。若し晉君朝に以て入らば、則ち婢子夕べに以て死せん。夕べに以て入らば、則ち朝に以て死せん。唯だ君之を裁け」と。乃ち諸を靈臺に舍らしむ。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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史記 宋微子世家微子開は、殷の帝乙の首子にして帝紂の庶兄なり。紂既に立ち、明らかならず、政に淫乱す。微子数々諫むるも、紂聴かず。祖伊周の西伯昌の徳を修め、黎国を滅ぼすを以て、禍の至らんことを懼れ、以て紂に告ぐるに及ぶ。紂曰く、「我が生は命天に在る有らずや。是れ何をか能く為さん」と。是に於て微子、紂の終に諫むべからざるを度り、之に死せんと欲し、及び去らんとするも、未だ自ら決すること能はず。乃ち太師・少師に問ひて曰く、「殷は治政有らず、四方を治めず。我が祖遂に上に陳ぶ。紂酒に沈湎し、婦人是れ用ひ、湯の徳を下に乱敗す。殷既に小大好んで草窃姦宄し、卿士師師度に非ず、皆罪辜有り、乃ち維れ獲ること无し。小民乃ち并び興り、相敵讎と為る。今殷其れ典喪へり。水を渉るに津涯无きが若し。殷遂に喪ひ、越に今に至る」と。曰く、「太師、少師、我其れ発して出で往かんか。吾が家喪に保たんか。今女故无くして予に告ぐ。顛躋(てんせい)せば、之を如何せん」と。太師若(かく)のごとく曰く、「王子、天篤く菑(わざはひ)を下して殷国を亡ぼす。乃ち畏るべきを畏れず、老長を用ひず。今殷の民乃ち神祇の祀を陋淫す。今誠に国を治むるを得ば、国治まりて身死すとも恨みず。死を為して、終に治むるを得ずんば、去るに如かず」と。遂に亡ぐ。箕子は、紂の親戚なり。紂始めて象箸を為る。箕子嘆じて曰く、「彼象箸を為らば、必ず玉桮を為らん。桮を為らば、則ち必ず遠方の珍怪の物を思ひて之を御せん。輿馬宮室の漸、此より始まり、振ふべからず」と。紂淫泆を為す。箕子諫むるも、聴かず。人或いは曰く、「以て去るべし」と。箕子曰く、「人臣為りて諫めて聴かれずして去るは、是れ君の悪を彰らかにして自ら民に説(よろこ)ばるるなり。吾為すに忍びざるなり」と。乃ち髪を被り詳狂して奴と為る。遂に隠れて琴を鼓きて以て自ら悲しむ。故に之を伝へて箕子操と曰ふ。王子比干は、亦た紂の親戚なり。
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史記 季布欒布列伝中郎将と為る。単于嘗て書を為りて呂后を嫚り、不遜なり、呂后大いに怒り、諸将を召して之を議す。上将軍樊噲曰く「臣願はくは十万の衆を得て、匈奴の中に横行せん」と。諸将皆呂后の意に阿り、「然り」と曰ふ。季布曰く「樊噲斬るべきなり。夫れ高帝兵四十余万の衆を将ゐて、平城に困しむ、今噲柰何ぞ十万の衆を以て匈奴の中に横行せんとするは、面欺なり。且つ秦胡に事とするを以て、陳勝等起こる。今に于て創痍未だ瘳えず、噲又面諛し、天下を揺動せんと欲す」と。是の時殿上皆恐れ、太后朝を罷め、遂に復た匈奴を撃つ事を議せず。
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史記 楽書上は朝廷より、下は人民に至るまで、以て歓喜を接し、殷勤を合するを得、此の和説に非ずんば通ぜず、解沢流れず、亦各々一世の化、時を度るの楽なり、何ぞ必ずしも華山の騄耳にして而る後に遠きを行かんや」と。二世之を然りとす。高祖、沛を過りて三侯の章を詩し、小児をして之を歌はしむ。高祖崩じ、沛をして四時に宗廟に歌舞するを得しむ。孝恵・孝文・孝景は増更する所無く、楽府に於いて常を習ひ旧を肄ふのみ。今上即位するに至り、十九章を作り、侍中李延年をして其の声を次序せしめ、拝して協律都尉と為す。一経に通ずるの士も独り其の辞を知る能はず、皆五経の家を集会し、相与に共に講習して之を読み、乃ち能く其の意を通知す、多く爾雅の文なり。漢家常に正月上辛を以て太一を甘泉に祠り、昏時を以て夜祠り、明に到りて終はる。常に流星の祠壇の上を経る有り。僮男僮女七十人をして俱に歌はしむ。春は青陽を歌ひ、夏は朱明を歌ひ、秋は西暤を歌ひ、冬は玄冥を歌ふ。世に多く有り、故に論ぜず。又嘗て神馬を渥洼の水中に得て、復た次して以て太一の歌と為す。歌曲に曰く、「太一貢ぎて天馬下る、赤汗に霑ひて沫赭を流す。騁せて容与として万里を跇ゆ、今安んぞ匹せん、龍を友と為す」と。後に大宛を伐ちて千里の馬を得、馬の名は蒲梢、次して作りて以て歌と為す。歌詩に曰く、「天馬来たる、西極よりす。万里を経て有徳に帰す。霊威を承けて外国を降し、流沙を渉りて四夷服す」と。中尉汲黯進みて曰く、「凡そ王者の楽を作るは、上は以て祖宗を承け、下は以て兆民を化す。今陛下馬を得て、詩して以て歌と為し、宗廟に協す、先帝百姓豈に能く其の音を知らんや」と。上黙然として説ばず。丞相公孫弘曰く、「黯は聖制を誹謗す、当に族すべし」と。凡そ音の起こるは、人心より生ずるなり。人心の動くは、物之をして然らしむるなり。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又喩ヘテ云ハ。賢君明主ハ忠臣ヲ信任シ。諫言ヲ用ル如クシヤ。漢ノ高祖カ諫ニ従フコト流ノ如ク。唐ノ太宗ノ魏徴カ苦諫ノ言ヲ用ヒアリシ類。ソノ如ク。正法ノ因縁アル者ハ必ス不邪見戒ニ随順スルシヤ。此ニ反シテ宿福ナキ者ハ。智者モ愚者モ。学者モ不学者モ仏アルコトヲ信セヌ。法アルコトヲ信セヌ。聖賢アルコトヲ信セヌ。神祇有コトヲ信セヌ。善悪報応有コトヲ信セヌシヤ。
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