新書 / 容經
古者聖王居有法則,動有文章,位執戒輔,鳴玉以行。鳴玉者,佩玉也。上有雙珩,下有雙璜,衝牙蠙珠以納其間,琚瑀以雜之。行以采薺,趨以肆夏,步中規,折中矩。登車則馬行而鸞鳴,鸞鳴而和應,聲曰和,和則敬。故詩曰:「和鸞噰噰,萬福攸同。」言動以紀度,則萬福之所聚也。故曰:明君在位可畏,施舍可愛,進退可度,周旋可則,容貌可觀,作事可法,德行可象,聲氣可樂,動作有文,言語有章,以承其上,以接其等,以臨其下,以畜其民。故爲之上者敬而信之,等者親而重之,下者畏而愛之,民者肅而樂之,是以上下和協而土民順一。故能宗揖其國以藩衛天子,而行義足法。夫有威而可畏謂之威,有儀而可象謂之文。富不可爲量,多不可爲數。故詩曰:「威儀棣棣,不可選也。」棣棣,富也。
新字:古者聖王居有法則,動有文章,位執戒輔,鳴玉以行。鳴玉者,佩玉也。上有双珩,下有双璜,衝牙蠙珠以納其間,琚瑀以雑之。行以采薺,趨以肆夏,歩中規,折中矩。登車則馬行而鸞鳴,鸞鳴而和応,声曰和,和則敬。故詩曰:「和鸞噰噰,万福攸同。」言動以紀度,則万福之所聚也。故曰:明君在位可畏,施舎可愛,進退可度,周旋可則,容貌可観,作事可法,徳行可象,声気可楽,動作有文,言語有章,以承其上,以接其等,以臨其下,以畜其民。故為之上者敬而信之,等者親而重之,下者畏而愛之,民者粛而楽之,是以上下和協而土民順一。故能宗揖其国以藩衛天子,而行義足法。夫有威而可畏謂之威,有儀而可象謂之文。富不可為量,多不可為数。故詩曰:「威儀棣棣,不可選也。」棣棣,富也。
書き下し
古の聖王は居るに法則有り、動くに文章有り、位に戒輔を執り、玉を鳴らして以て行く。玉を鳴らすとは、玉を佩ぶるなり。上に双珩有り、下に双璜有り、衝牙蠙珠以て其の間に納め、琚瑀以て之を雑ず。行くには采薺を以てし、趨るには肆夏を以てし、歩むは規に中たり、折るるは矩に中たる。車に登れば則ち馬行きて鸞鳴り、鸞鳴りて和応ず。声を和と曰い、和すれば則ち敬あり。故に詩に曰く、「和鸞噰噰たり、万福の同まる攸」と。言動紀度を以てすれば、則ち万福の聚まる所なり。故に曰く、明君位に在れば畏る可く、施舎は愛す可く、進退は度る可く、周旋は則る可く、容貌は観る可く、事を作すは法る可く、徳行は象る可く、声気は楽しむ可く、動作に文有り、言語に章有り、以て其の上を承け、以て其の等に接し、以て其の下に臨み、以て其の民を畜う。故に之が上たる者は敬して之を信じ、等しき者は親しみて之を重んじ、下なる者は畏れて之を愛し、民なる者は粛みて之を楽しむ。是を以て上下和協して士民順一なり。故に能く其の国を宗揖して以て天子を藩衛し、義を行いて法るに足る。夫れ威有りて畏る可きを之を威と謂い、儀有りて象る可きを之を文と謂う。富は量を為す可からず、多きは数を為す可からず。故に詩に曰く、「威儀棣棣たり、選ぶ可からず」と。棣棣とは、富なり。
現代語訳
昔の聖王は、住まいに法則があり、動きに飾りがあり、位にあっては戒めと補佐を持ち、玉を鳴らして歩きました。玉を鳴らすとは、佩玉を身につけることです。上に二つの珩、下に二つの璜があり、衝牙と蠙珠をその間に収め、琚と瑀を混ぜています。歩くときは采薺の曲に合わせ、小走りのときは肆夏の曲に合わせ、歩みは円にかない、曲がるときは直角にかないました。車に乗れば、馬が進んで鸞の鈴が鳴り、鈴の音が互いに応じ合います。その音を和といい、和すれば敬があります。だから詩に「和と鸞の鈴の音はやわらかく、あらゆる福がここに集まる」とあります。言動が定めと節度にかなえば、万福の集まるところとなります。だから、賢い君主が位にあれば、畏れ敬うべく、恵みは慕うべく、進退は規範とすべく、立ち居振る舞いは手本とすべく、容貌は見る価値があり、仕事の進め方は倣うべく、徳行は象るべく、声や気配は心地よく、動作には飾りがあり、言葉には筋が通っている、といわれます。そうして上に仕え、同輩に接し、下に臨み、民を養います。だから上の者は敬って信じ、同輩は親しんで重んじ、下の者は畏れつつ愛し、民は慎みながら楽しみます。こうして上下が和合し、士も民も心を一つにします。それゆえ自国をまとめて天子を守り、義を行って人々の手本となることができます。威があって畏れられるものを威といい、儀があって象られるものを文といいます。その豊かさは量りきれず、多さは数えきれません。だから詩に「威儀は豊かで、選び出すことができない」とあります。棣棣とは豊かということです。
解説
この章句が説くこと
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