新書 / 容經
禮,介者不拜,兵車不式,不顧,不言,反抑式以應武容也。兵車之容。若夫立而技,坐而蹁,禮怠懈,志驕傲,䟃視數顧,容色不比,動靜不以度,妄咳唾,疾言嗟,氣不順,皆禁也。古者年九歲入就小學,蹍小節焉,業小道焉;束髮就大學,蹍大節焉,業大道焉。是以邪放非辟,無因入之焉。諺曰:「君子重襲,小人無由入;正人十倍,邪辟無由來。」古之人其謹於所近乎!詩曰:「芃芃棫樸,薪之槱之;濟濟辟王,左右趨之。」此言左右日以善趨也。
新字:礼,介者不拝,兵車不式,不顧,不言,反抑式以応武容也。兵車之容。若夫立而技,坐而蹁,礼怠懈,志驕傲,䟃視数顧,容色不比,動静不以度,妄咳唾,疾言嗟,気不順,皆禁也。古者年九歳入就小学,蹍小節焉,業小道焉;束髪就大学,蹍大節焉,業大道焉。是以邪放非辟,無因入之焉。諺曰:「君子重襲,小人無由入;正人十倍,邪辟無由来。」古之人其謹於所近乎!詩曰:「芃芃棫樸,薪之槱之;済済辟王,左右趨之。」此言左右日以善趨也。
書き下し
礼に、介する者は拝せず、兵車には式せず、顧みず、言わず、反って式を抑えて以て武容に応ずるなり。兵車の容なり。夫の立ちて技し、坐して蹁し、礼怠懈し、志驕傲し、䟃視し数しば顧み、容色比わず、動静度を以てせず、妄りに咳唾し、疾言して嗟し、気順わざるが若きは、皆禁ずるなり。古は年九歳にして入りて小学に就き、小節を蹍み、小道を業とす。束髪して大学に就き、大節を蹍み、大道を業とす。是を以て邪放非辟、因りて入る無し。諺に曰く、「君子の重襲には、小人も由りて入る無し。正人十倍すれば、邪辟も由りて来る無し」と。古の人は其れ近き所に謹めるかな。詩に曰く、「芃芃たる棫樸、薪にして之を槱む。済済たる辟王、左右之に趨く」と。此れ左右日びに善を以て趨くを言うなり。
現代語訳
礼では、鎧を着けた者は拝礼せず、兵車の上では横木に手を置く礼をせず、振り返らず、口もきかず、かえって横木を押さえて武人の姿に応じます。これが兵車での姿です。そのほか、立って足をそろえず、座って片足を投げ出し、礼を怠け、志が驕り高ぶり、横目で見て何度も振り返り、表情に落ち着きがなく、動きに節度がなく、むやみに咳や唾を出し、早口でため息をつき、気が荒れているような様子は、すべて禁じます。昔は九歳で小学に入り、小さな作法を踏んで小さな道を学びました。髪を束ねる年になると大学に入り、大きな作法を踏んで大きな道を学びました。だから邪な心や放縦な行いが入り込む隙がありませんでした。諺には、「君子が幾重にも守りを固めれば、小人も入り込めない。正しい人が十倍に増えれば、邪な者もやって来られない」とあります。昔の人は身近なところに慎み深かったのです。詩にはこうあります。「茂る棫と樸は、薪にして積まれる。威儀の整った王に、側近たちは駆け寄る」と。これは側近たちが日ごとに善へ向かって駆け寄ることを言っています。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
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『講孟余話』滕文公下 第六章「一薛居州、独り宋王を如何せん」。此の章の義極めて明白、比喩極めて的切、而して到底又此の一句に帰す。然れども是れ独り人君の知るべきのみに非ず。卿大夫士に至るまで、争臣争友少なくては、善をなすこと甚だ難し。更に一転して思ふに、心の存する所、身の行ふ所、接する所の事、翫ぶ所の芸、皆善に非ざることなくば、何を以て不善の人たらんや。故に云ふ、「小人間居して不善をなす」と。不善の萌しは必ず無事による者なれば、是れを思ひて、身を孝悌文武の内に漸漬して、他念を生ずるに暇なくすべし。是れ亦荘嶽に置くの意なり。
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『呻吟語』内篇・修身・入る所を慎み、接する所を慎む廟に入れば敬を期せずして自ら敬し、朝に入れば肅を期せずして自ら肅たり。是を以て君子は入る所を慎むなり。嚴師を見れば則ち收斂し、狎友を見れば則ち放恣なり。是を以て君子は接する所を慎むなり。
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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