新書 / 容經
坐以經立之容,胻不差而足不跌。視平衡曰經坐,微俯視尊者之膝曰共坐,俯首視不出尋常之內曰肅坐,廢首低肘曰卑坐。坐容。行以微磬之容,臂不搖掉,肩不上下,身似不則,從然而任。行容。趨以微磬之容,飄然翼然,肩狀若㳅,足如射箭。趨容。旋以微磬之容,其始動也,穆如驚倐;其固復也,旄如濯絲。跘旋之容。跪以微磬之容,揄右而下,進左而起,手有抑揚,各尊其紀。跪容。拜以磬折之容,吉事上左,凶事上右,隨前以舉。項衡以下,寧速無遲,背項之狀如屋之氐。拜容。拜而未起。伏容。坐乘以經坐之容,手撫式,視五旅,欲無顧,顧不過轂。小禮動,中禮式,大禮下。坐車之容。立乘以經立之容,右持綏而左臂詘,存劍之緯,欲顧,顧不過轂,小禮據,中禮式,大禮下。立車之容。
新字:坐以経立之容,胻不差而足不跌。視平衡曰経坐,微俯視尊者之膝曰共坐,俯首視不出尋常之内曰粛坐,廃首低肘曰卑坐。坐容。行以微磬之容,臂不揺掉,肩不上下,身似不則,従然而任。行容。趨以微磬之容,飄然翼然,肩状若㳅,足如射箭。趨容。旋以微磬之容,其始動也,穆如驚倐;其固復也,旄如濯糸。跘旋之容。跪以微磬之容,揄右而下,進左而起,手有抑揚,各尊其紀。跪容。拝以磬折之容,吉事上左,凶事上右,随前以舉。項衡以下,寧速無遅,背項之状如屋之氐。拝容。拝而未起。伏容。坐乗以経坐之容,手撫式,視五旅,欲無顧,顧不過轂。小礼動,中礼式,大礼下。坐車之容。立乗以経立之容,右持綏而左臂詘,存剣之緯,欲顧,顧不過轂,小礼拠,中礼式,大礼下。立車之容。
書き下し
坐するに経立の容を以てすれば、胻差わず足跌かず。視ること平衡なるを経坐と曰い、微しく尊者の膝を俯視するを共坐と曰い、首を俯して視ること尋常の内を出でざるを粛坐と曰い、首を廃し肘を低くするを卑坐と曰う。坐容なり。行くに微磬の容を以てすれば、臂は搖掉せず、肩は上下せず、身は則らざるに似て、従然として任ず。行容なり。趨るに微磬の容を以てすれば、飄然翼然として、肩の状は㳅の若く、足は箭を射るが如し。趨容なり。旋るに微磬の容を以てすれば、其の始めて動くや、穆として驚倐の如し。其の固より復するや、旄として絲を濯うが如し。跘旋の容なり。跪くに微磬の容を以てすれば、右を揄げて下り、左を進めて起ち、手に抑揚有り、各おの其の紀を尊ぶ。跪容なり。拝するに磬折の容を以てすれば、吉事には左を上にし、凶事には右を上にし、前に随いて以て挙ぐ。項衡より以下は、寧ろ速やかなれ、遅きこと無かれ。背項の状は屋の氐の如し。拝容なり。拝して未だ起たざるは、伏容なり。坐乗するに経坐の容を以てすれば、手は式を撫し、五旅を視、顧みること無からんと欲し、顧みるも轂を過ぎず。小礼には動き、中礼には式し、大礼には下る。坐車の容なり。立乗するに経立の容を以てすれば、右に綏を持ちて左臂は詘し、剣の緯を存し、顧みんと欲すれば、顧みるも轂を過ぎず、小礼には据り、中礼には式し、大礼には下る。立車の容なり。
現代語訳
座るときは、先に述べた直立の姿勢のまま座れば、すねは乱れず足も倒れません。視線を水平に保つのを経坐、やや目を落として目上の人の膝のあたりを見るのを共坐、うつむいて視線が普通の一尋の内にとどまるのを粛坐、頭を垂れて肘を低くするのを卑坐といいます。これが座る姿です。歩くときは軽く腰を折った姿勢で、腕を振らず、肩を上下させず、体は法に従っていないようで自然に任せています。これが歩く姿です。小走りのときも軽く腰を折った姿勢で、ひらりと鳥が羽ばたくように、肩は水が流れるようで、足は矢を放つようです。これが小走りの姿です。向きを変えるときも軽く腰を折った姿勢で、動き始めはしなやかにすばやく、戻るときは糸をすすぐようにゆったりしています。これが旋回の姿です。ひざまずくときも軽く腰を折った姿勢で、右を上げて下り、左を進めて立ち、手には抑揚があり、それぞれの定めを尊びます。これがひざまずく姿です。拝礼は深く腰を折った姿勢で、吉事には左を上に、凶事には右を上にし、前の動きに従って手を上げます。首から下の動きはむしろ速く、遅くしてはいけません。背と首の形は家の棟のようです。これが拝礼の姿です。拝して起き上がらないのは伏す姿です。車に座って乗るときは経坐の姿勢で、手は横木に添え、五旅を見渡し、振り返らないようにし、振り返っても車輪の中心を越えません。小さな礼には動き、中くらいの礼には横木に手を置き、大きな礼には車を降ります。これが座乗の姿です。立って乗るときは経立の姿勢で、右手で綱を持ち左腕を曲げ、剣の帯を保ち、振り返るとしても車輪の中心を越えず、小さな礼には身を据え、中くらいには式をし、大きな礼には降ります。これが立乗の姿です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
葉隠・聞書第一手跡(しゅせき)の行儀正しく、疎略(そりゃく)なきより上はあるまじけれども、その分にては、堅(かた)くれ賤(いや)しく見ゆるなり。この上に、格(かく)を離(はな)れたる姿あるべし。諸事(しょじ)にこの理(ことわり)あるべし。
-
『文武訓』文訓上之末一今の人詩を作るは、其人我が身に私して、みづからいみじと思ひて作るも多かり。又みづからつたなき事を知りて、わが作にほこらざれども、其人おもへらく、古人の如くうるはしくはならずとも、只時々の景気をながめ情をのべて、心をなぐさめん料なれば、つたなくとも害なしとおもひて、詩を作ることを好めるなるべし。今時の人の作れる詩、つたなくしても大やう詩の法にかなひて、ひがごとすくなくば、其人に応じ、情をのぶる助ともなりなん。我ともがらの、文学つたなく詩を知らざる者の作れる詩は、文字のつづき、字の置所、意を用ふること皆法にかなはず。かかる詩は、拙きと巧なるとを論ずるにもいまだ及ばず、ひがごと多く、法にそむきて詩とはいひがたし。
-
論語・先進篇子張、善人の道を問う。子曰く、「跡を践まずんば、亦た室に入らず。」
-
史記 礼書歩驟馳騁広騖するも外れず、是を以て君子の性は宮庭を守るなり。人域是れ域とするは、士君子なり。是に外るるは、民なり。是に於いて中し、房皇周浹し、曲直其の次序を得るは、聖人なり。故に厚きとは、礼の積なり。大なるとは、礼の広なり。高きとは、礼の隆なり。明らかなるとは、礼の尽なり。
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「羿(ゲイ)の人に射を教うるには、必ず彀(コウ)に志す。學者も亦た必ず彀に志す。大匠の人に誨うるには、必ず規矩を以てす。學者も亦た必ず規矩を以てす。」
-
『呻吟語』内篇・修身・世に十態有り世に十態有り、君子は焉を免る。武人の態(粗豪)無く、婦人の態(柔懦)無く、兒女の態(嬌稚)無く、市井の態(貪鄙)無く、俗子の態(庸陋)無く、蕩子の態(儇佻)無く、伶優の態(滑稽)無く、閭閻の態(村野)無く、堂下人の態(局迫)無く、婢子の態(卑諂)無く、偵諜の態(詭暗)無く、商賈の態(衒售)無し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る