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新書 / 禮

禮,聖王之於禽獸也,見其生不忍見其死,聞其聲不嘗其肉,隱弗忍也。故遠庖廚,仁之至也。不合圍,不掩羣,不射宿,不涸澤。豺不祭獸,不田獵;獺不祭魚,不設網罟;鷹隼不鷙,眭而不逮,不出植羅;草木不零落,斧斤不入山林;昆蟲不蟄,不以火田。不麛,不卵,不刳胎,不殀夭,魚肉不入廟門,鳥獸不成毫毛不登庖廚。取之有時,用之有節,則物蕃多。湯曰:「昔蛛蝥作罟,不高順、不用命者,寧丁我網。」其憚害物也如是。詩曰:「王在靈囿,麀鹿攸伏,麀鹿濯濯,白鳥高皜。王在靈沼,於仞魚躍。」言德至也。聖主所在,魚鱉禽獸猶得其所,況於人民乎?

新字:礼,聖王之於禽獣也,見其生不忍見其死,聞其声不嘗其肉,隠弗忍也。故遠庖廚,仁之至也。不合囲,不掩羣,不射宿,不涸沢。豺不祭獣,不田猟;獺不祭魚,不設網罟;鷹隼不鷙,眭而不逮,不出植羅;草木不零落,斧斤不入山林;昆虫不蟄,不以火田。不麛,不卵,不刳胎,不殀夭,魚肉不入廟門,鳥獣不成毫毛不登庖廚。取之有時,用之有節,則物蕃多。湯曰:「昔蛛蝥作罟,不高順、不用命者,寧丁我網。」其憚害物也如是。詩曰:「王在霊囿,麀鹿攸伏,麀鹿濯濯,白鳥高皜。王在霊沼,於仞魚躍。」言徳至也。聖主所在,魚鱉禽獣猶得其所,況於人民乎?

書き下し

礼に、聖王の禽獣に於けるや、其の生を見ては其の死を見るに忍びず、其の声を聞いては其の肉を嘗めず、隠みて忍びざるなり。故に庖廚を遠ざくるは、仁の至りなり。合囲せず、群を掩わず、宿を射ず、沢を涸らさず。豺の獣を祭らざるは、田獵せず。獺の魚を祭らざるは、網罟を設けず。鷹隼の鷙ならざるは、眭して逮ばず、植羅を出ださず。草木の零落せざるは、斧斤山林に入らず。昆虫の蟄せざるは、火を以て田せず。麛せず、卵せず、胎を刳かず、夭を殀せず、魚肉は廟門に入らず、鳥獣の毫毛を成さざるは庖廚に登らず。之を取るに時有り、之を用うるに節有れば、則ち物蕃多なり。湯曰く、「昔蛛蝥罟を作る。高からず順わず、命を用いざる者は、寧ろ我が網に丁たれ」と。其の物を害するを憚ること是くの如し。詩に曰く、「王は霊囿に在り、麀鹿の伏す攸、麀鹿は濯濯たり、白鳥は高皜たり。王は霊沼に在り、於ああ仞ちて魚躍る」と。徳の至りを言うなり。聖主の在る所、魚鱉禽獣すら猶お其の所を得たり、況んや人民に於いてをや。

現代語訳

礼では、聖王は鳥獣に対しても、生きている姿を見たらその死ぬところは見るに忍びず、その鳴き声を聞いたらその肉は口にしません。いたましくて耐えられないからです。だから台所を遠ざけるのは仁の極みです。獣を四方から囲い込まず、群れをまとめて襲わず、巣で眠る鳥を射ず、沢の水を干し上げません。山犬が獲物を並べて祭るまでは狩りをせず、獺が魚を並べて祭るまでは網を設けず、鷹や隼が獲物を襲うようになるまでは鳥網を出しません。草木が落葉するまでは斧を山林に入れず、虫が冬ごもりに入るまでは火を使った狩りをしません。子鹿を捕らず、卵を取らず、腹の子を割かず、幼い獣を殺さず、魚肉は祖先の廟に入れず、羽や毛の生えそろわない鳥獣は台所に上げません。取るには時があり、用いるには節度があれば、物は豊かに増えます。湯王は言いました。「昔、蜘蛛が網を作った。高く飛ばず、従わず、命に服さない者だけが、私の網にかかればよい」と。物を傷つけることをここまでためらったのです。詩にもこうあります。「王が霊の園におられるとき、牝鹿は伏し、牝鹿は肥えつやめき、白い鳥は白く輝く。王が霊の沼におられるとき、ああ満ちて魚が跳ねる」と。徳が行き渡ったことを言っています。聖君のいるところでは、魚や鳥獣でさえ居場所を得ています。まして人民ならなおさらです。

解説

聖王が鳥獣にまで及ぼす仁を、狩りの時期や網の使い方の具体例で並べた段です。取る時を守り、使う量に節度を持てば、物はかえって増えるという考え方が貫かれています。末尾で「魚鱉禽獣すら猶お其の所を得たり、況んや人民に於いてをや」と、動物への配慮を人民への配慮の物差しにしているのが賈誼の論の運びです。個々の狩りの規則は当時の慣行を反映したもので、細部は断定せず、趣旨を読めば足ります。仕事に置き換えれば、顧客や取引先、従業員、環境といった、声の小さい相手をどう扱うかを見れば、その組織の徳が測れます。短期の取り尽くしをせず、時と量を守る運営は、結果として資源を増やします。

この章句が説くこと

仁時節取りすぎない霊囿新書

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