新書 / 匈奴
若夫大變之應,大約以權決塞,因宜而行,不可豫形。尊翁主,重相室,多其長吏,衆門大夫皆謀士也,必足之財。且用吾人,且用其尊,觀其限,窺其謀,中外符節適[糹冓]拘也。夫或人且安得久悍若此!故三表已諭,五餌既明,則匈奴之中乖而相疑矣,使單于寢不聊寐,飯失其口,揮劍挾弓,而蹲穹盧之隅,左視右視,以爲盡仇也。彼其羣臣,雖欲毋走,若虎在後;衆欲無來,恐或軒之,此謂勢然。其貴人之見單于,猶迕虎狼也;其南面而歸漢也,猶弱子之慕慈母也。其衆人之見將吏,猶噩迕仇讎也;南鄉而欲走漢,猶水流下也。將使單于無臣之使,無民之守,夫惡得不係頸稽顙,請歸陛下之義哉!此謂戰德。彼匈奴見略,且引而遠去。連此有數。
新字:若夫大変之応,大約以権決塞,因宜而行,不可予形。尊翁主,重相室,多其長吏,衆門大夫皆謀士也,必足之財。且用吾人,且用其尊,観其限,窺其謀,中外符節適[糹冓]拘也。夫或人且安得久悍若此!故三表已諭,五餌既明,則匈奴之中乖而相疑矣,使単于寝不聊寐,飯失其口,揮剣挟弓,而蹲穹盧之隅,左視右視,以為尽仇也。彼其羣臣,雖欲毋走,若虎在後;衆欲無来,恐或軒之,此謂勢然。其貴人之見単于,猶迕虎狼也;其南面而帰漢也,猶弱子之慕慈母也。其衆人之見将吏,猶噩迕仇讎也;南郷而欲走漢,猶水流下也。将使単于無臣之使,無民之守,夫悪得不係頸稽顙,請帰陛下之義哉!此謂戦徳。彼匈奴見略,且引而遠去。連此有数。
書き下し
若し夫れ大変の応は、大約権を以て決塞し、宜しきに因りて行い、豫め形す可からず。翁主を尊び、相室を重んじ、其の長吏を多くし、衆門の大夫は皆な謀士なり、必ず之に財を足す。且つ吾が人を用い、且つ其の尊を用い、其の限を観、其の謀を窺い、中外の符節適たま[糹冓]拘せん。夫れ或人且に安んぞ久しく悍なること此くの若きを得んや。故に三表已に諭し、五餌既に明らかなれば、則ち匈奴の中は乖きて相疑い、単于をして寝ぬれども聊んぜず、飯して其の口を失わしめ、剣を揮い弓を挟み、穹盧の隅に蹲り、左視右視して、以て尽く仇と為さしむ。彼の其の群臣、走る毋からんと欲すと雖も、虎の後に在るが若し。衆来る無からんと欲すれども、恐らくは或いは之を軒げん、此れを勢い然りと謂う。其の貴人の単于に見ゆるは、猶お虎狼に迕うがごとし。其の南面して漢に帰するは、猶お弱子の慈母を慕うがごとし。其の衆人の将吏に見ゆるは、猶お噩として仇讎に迕うがごとし。南郷して漢に走らんと欲するは、猶お水の下に流るるがごとし。将に単于をして臣の使う無く、民の守る無からしめんとす。夫れ悪んぞ頸を係け稽顙して、陛下の義に帰せんことを請わざるを得んや。此れを徳に戦うと謂う。彼の匈奴は略せられ、且に引きて遠く去らんとす。此れに連なること数有り。
現代語訳
さて、大きな変事への対応は、おおよそ権謀で決め、状況に応じて行い、あらかじめ形を決めておくことはできません。翁主(公主)を尊び、相室を重んじ、その長吏を多くし、多くの門に仕える大夫はみな謀士なので、必ず彼らに財を足します。そのうえで私たちの人を用い、またその尊い者も用い、その限度を見、その謀りごとを窺い、内外の符節がちょうど〔原文の字が読めない〕拘束されるようにします。そうなれば、その相手がどうして長く強情に居続けられましょうか。だから三表がすでに知れ渡り、五餌がすでに明らかになれば、匈奴の内部は乖離して互いに疑い、単于は寝ても落ち着かず、食事をしても味を失い、剣を振り弓を携えて天幕の隅にうずくまり、左を見右を見て、すべてを仇と思うようになります。その群臣は、逃げまいと思っても、虎が後ろにいるようなものです。民衆は来まいとしても、恐らくは誰かが引き立てるでしょう。これが勢いというものです。貴人が単于に会うのは虎や狼に出会うようで、南を向いて漢に帰するのは弱い子が慈母を慕うようなものです。民衆が将吏に会うのは仇に出会うようにうろたえ、南へ向かって漢へ走ろうとするのは水が低きに流れるようなものです。そうなれば単于は臣下に使うべき者もなく、民に守らせる者もなくなります。どうして首に縄をかけ額を地につけて、陛下の義に帰順することを請わずにいられましょう。これを「徳に戦う」と言います。匈奴は略奪されるように人を失い、遠くへ引いて去るでしょう。これに連なる数(順序)があります。
解説
この章句が説くこと
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