新書 / 匈奴
臣爲陛下建三表,設五餌,以此與單于 爭其民,則下匈奴猶振槁也。夫無道之人,何宜敢捍此其久?陛下肯幸用臣之計,臣且以事勢諭天子之信,使匈奴大衆之信陛下也。爲通言耳,必行而弗易,夢中許人,覺且不背,其信陛下已諾,若日出之灼灼。故聞君一言,雖有微遠,其志不疑;仇讎之人,其心不殆,若此則信諭矣。所圖莫不行矣,一表。臣又且以事勢諭陛下之愛,令匈奴之自視也,苟胡面而戎狀者,其自以爲見愛於天子也,猶若子之遌慈母也。若此則愛諭矣,一表。臣又且諭陛下之好,令胡人之自視也,苟其技之所長與其所工,一可當天子之意。若此則好諭矣,一表。愛人之狀,好人之技,仁道也;信爲大操,帝義也。愛好有實,已諾可期,十死一生,彼必將至。此謂三表。
新字:臣為陛下建三表,設五餌,以此与単于 争其民,則下匈奴猶振槁也。夫無道之人,何宜敢捍此其久?陛下肯幸用臣之計,臣且以事勢諭天子之信,使匈奴大衆之信陛下也。為通言耳,必行而弗易,夢中許人,覚且不背,其信陛下已諾,若日出之灼灼。故聞君一言,雖有微遠,其志不疑;仇讎之人,其心不殆,若此則信諭矣。所図莫不行矣,一表。臣又且以事勢諭陛下之愛,令匈奴之自視也,苟胡面而戎状者,其自以為見愛於天子也,猶若子之遌慈母也。若此則愛諭矣,一表。臣又且諭陛下之好,令胡人之自視也,苟其技之所長与其所工,一可当天子之意。若此則好諭矣,一表。愛人之状,好人之技,仁道也;信為大操,帝義也。愛好有実,已諾可期,十死一生,彼必将至。此謂三表。
書き下し
臣、陛下の為に三表を建て、五餌を設け、此を以て単于と其の民を争わば、則ち匈奴を下すこと槁を振うが猶し。夫れ無道の人、何ぞ宜しく敢えて此れを捍ぐこと其れ久しからん。陛下肯えて幸いに臣の計を用いば、臣且に事勢を以て天子の信を諭し、匈奴の大衆をして陛下を信ぜしめんとす。為に言を通ずるのみ、必ず行いて易えず、夢中に人に許すも、覚めて且つ背かず、其の陛下を信ずること已に諾し、日出の灼灼たるが若し。故に君の一言を聞けば、微遠有りと雖も、其の志疑わず、仇讎の人も、其の心殆わず、此くの若ければ則ち信諭せり。図る所行われざる莫し、一表なり。臣又た且に事勢を以て陛下の愛を諭し、匈奴の自ら視るをして、苟しくも胡面にして戎状なる者も、其の自ら以て天子に愛せらると為すこと、猶お子の慈母に遌うが若くならしめんとす。此くの若ければ則ち愛諭せり、一表なり。臣又た且に陛下の好を諭し、胡人の自ら視るをして、苟しくも其の技の長ずる所と其の工なる所、一も天子の意に当たるべからしめんとす。此くの若ければ則ち好諭せり、一表なり。人を愛するの状、人の技を好むは、仁道なり。信は大操と為す、帝義なり。愛好に実有り、已諾期す可くんば、十死一生なるも、彼必ず将に至らんとす。此れを三表と謂う。
現代語訳
私は陛下のために三表を立て、五餌を設けて、これによって単于と民を争わせてください。そうすれば匈奴を打ち負かすのは枯れ草を振り払うほどたやすいことです。道に外れた者が、どうして長くこれを防ぎ続けられましょう。陛下がもし私の計をお用いくだされば、私は事の勢いに基づいて天子の信義を知らしめ、匈奴の大衆に陛下を信じさせます。ただ言葉を通じさせるだけでなく、必ず実行して改めず、夢の中で人に承知しても目覚めて背かないほどにすれば、陛下を信じることはもう定まり、日の出の輝きのように明らかです。だから君の一言を聞けば、遠く微かなことでも疑わず、仇敵のような人でさえ心に疑いを持たなくなります。こうなれば信が伝わったのです。企てたことが行われないことはなく、これが一つ目の表です。次に、事の勢いに基づいて陛下の愛を知らしめ、匈奴が自分を見るとき、たとえ異民族の顔かたちの者でも、天子に愛されていると思うこと、ちょうど子が慈母に会うようになるでしょう。こうなれば愛が伝わった、これが二つ目の表です。さらに陛下の好みを知らしめ、胡人が自分を見るとき、その技の得意なところや巧みなところが、どれか一つでも天子の心にかなうと感じるようにする。こうなれば好が伝わった、これが三つ目の表です。人を愛する姿勢、人の技を好むことは仁の道です。信を大きな操とすることは帝の義です。愛と好に実があり、約束を期待できるなら、十人死んで一人生き残るような場面でも、彼らは必ず来るでしょう。これを三表と言います。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人に器量を選ふ事右に云ひたる下より申すことの理筋立ちたるとも足らぬ所有るをは、其の足らぬ所には搆はす、其の理筋の立ちたる所を随分に賞翫して、偖程を経て先日汝か申す所尤なることなり、左れとも斯の如き差支へあり、此の所は如何すへき、斯の如くして如何あるへきと程を経て申すへきことなり、箇様にあるときは理筋に叶ひたる所を賞翫の筋立つ故、下の心にちゞみ付かぬなり、其の座にて半は立て半は押ゆるときは、下たる人の心兎角上の思召しには及はさること也と思ふ故、再ひものを申さぬなり、又其の半は押へられたる所、却て無理也と思ひ付きても尚々申さぬ也、然れは其の半は立てたる所善きやうなれとも、下の心に縮みを付たる所は全く押へたると同断なり、箇様なることを孟子には五十歩百歩の違ひと云へるなり、
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