福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第20段
もとより高尚なる理論上よりいえば、位階勲章の如き、まことに俗中の俗なるものにして、歯牙にとどむべきに非ずというといえども、これはただ学者普通の公言にして、その実は必ずしも然らず。真実に脱俗して栄華の外に逍遥し、天下の高処におりて天下の俗を睥睨するが如き人物は、学者中、百に十を見ず、千万中に一、二を得るも難きことならん。いわんや日本国中栄誉の得べきものなければ、すなわち止まんといえども、等しく国民の得べきものにして、かれはこれを得て、これは得ずとあれば、ことさらに辱しめらるるの念慮なきを得ず。これをも忍びて塵俗の外に悠々たるべしとは、今の学者に向って望むべからざることならんのみ。 右の次第にて、学者の栄誉を表するがために位階勲章を賜わるは、まことに尋常の事にして、政府の官吏にのみこれを賜わるの多きこそ、かえって人の耳目を驚かすべきほどの次第なれば、今回幸にして行政官直轄の諸学校を私立の体に改革せられたらば、その教員の輩はもとより無官の人民なれども、いずれも皆少小の時より学に志して、自身を研き他を教育するの技倆ある人物にして、日本国中、学問の社会においては、長者先進と称すべき者なるがゆえに、その人物に相当すべき位階勲章を賜わるは事の当然にして、本人等の満足すべきのみならず、またもって帝室の無偏・無党にして、日本国の全面を通覧せられ、政治も学問も同一視し給うとの盛意を示すに足るべきことと信ずるなり。
書き下し
もとより高尚なる理論上よりいえば、位階勲章の如き、まことに俗中の俗なるものにして、歯牙にとどむべきに非ずというといえども、これはただ学者普通の公言にして、その実は必ずしも然らず。真実に脱俗して栄華の外に逍遥し、天下の高処におりて天下の俗を睥睨するが如き人物は、学者中、百に十を見ず、千万中に一、二を得るも難きことならん。いわんや日本国中栄誉の得べきものなければ、すなわち止まんといえども、等しく国民の得べきものにして、かれはこれを得て、これは得ずとあれば、ことさらに辱しめらるるの念慮なきを得ず。これをも忍びて塵俗の外に悠々たるべしとは、今の学者に向って望むべからざることならんのみ。 右の次第にて、学者の栄誉を表するがために位階勲章を賜わるは、まことに尋常の事にして、政府の官吏にのみこれを賜わるの多きこそ、かえって人の耳目を驚かすべきほどの次第なれば、今回幸にして行政官直轄の諸学校を私立の体に改革せられたらば、その教員の輩はもとより無官の人民なれども、いずれも皆少小の時より学に志して、自身を研き他を教育するの技倆ある人物にして、日本国中、学問の社会においては、長者先進と称すべき者なるがゆえに、その人物に相当すべき位階勲章を賜わるは事の当然にして、本人等の満足すべきのみならず、またもって帝室の無偏・無党にして、日本国の全面を通覧せられ、政治も学問も同一視し給うとの盛意を示すに足るべきことと信ずるなり。
現代語訳
もとより高尚な理論から言えば、位階や勲章のようなものは俗の中の俗であって、気にかけるに値しないと言えます。しかしこれは学者が普通に口にする建前にすぎず、実のところは必ずしもそうではありません。本当に俗世を脱して栄華の外に遊び、天下の高みから天下の俗を見下ろすような人物は、学者の中でも百に十もいないし、千万人に一、二人を得ることさえ難しいでしょう。ましてや、日本国中で栄誉の得られるものがなければ、それならそれまでです。しかし同じく国民が得られるものであって、あの人は得たのに自分は得られないとなれば、わざと辱められたという思いを抱かずにはいられません。それをも耐え忍んで俗塵の外に悠々としていよと、今の学者に望むことはできないでしょう。 以上のわけですから、学者の栄誉を表すために位階勲章を賜るのはごく普通のことです。政府の官吏にばかり多く賜るほうが、かえって人の耳目を驚かすべきことです。今回幸いにも、行政官の直轄にある諸学校を私立の形に改革されるなら、その教員たちはもとより官職のない人民ですが、いずれも若いころから学に志して、自分を磨き他を教育する力量のある人物で、日本国中の学問社会では長者・先達と呼ぶべき者たちです。そこでその人物にふさわしい位階勲章を賜るのは当然のことで、本人たちが満足するだけでなく、帝室が偏らず党派を持たず、日本国の全体を見渡され、政治も学問も同じように見ておられるという御心を示すに足ることだと信じます。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人に器量を選ふ事右に云ひたる下より申すことの理筋立ちたるとも足らぬ所有るをは、其の足らぬ所には搆はす、其の理筋の立ちたる所を随分に賞翫して、偖程を経て先日汝か申す所尤なることなり、左れとも斯の如き差支へあり、此の所は如何すへき、斯の如くして如何あるへきと程を経て申すへきことなり、箇様にあるときは理筋に叶ひたる所を賞翫の筋立つ故、下の心にちゞみ付かぬなり、其の座にて半は立て半は押ゆるときは、下たる人の心兎角上の思召しには及はさること也と思ふ故、再ひものを申さぬなり、又其の半は押へられたる所、却て無理也と思ひ付きても尚々申さぬ也、然れは其の半は立てたる所善きやうなれとも、下の心に縮みを付たる所は全く押へたると同断なり、箇様なることを孟子には五十歩百歩の違ひと云へるなり、
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『武家家訓集』朝倉敏景十七箇条「第十六条」一、神社佛閣幷びに町屋等を通られんごときは、少々馬を留めて、奇麗なるをば聊か稱美し、破損せるをば稍く惠憐の詞をも加へられ候はば、到らぬ者共は、御詞を懸りたるなどとて、歎抃に挑ずして、惡きをば早く改め、能きは彌々嗜むべく候か。然れば造作も入らずして、見事に持ち成す事も、專ら主君の一心に依るべく候事、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事加藤清正か家来に飯田覚兵衛と申す武功の者あり、初めは角兵衛と角と云ふ字を書きたるを、太閤の上意に覚と云ふ文字を書けとありて、覚文字に書きかへたるほとのものなり、この者の申したりしは、我一生は清正にだまされたり、最初武辺をしたるとき、其塲を立ちよりて見たれは、我と同き朋輩皆鉄砲に中り矢に中りて死したり、偖も〳〵危き事や、最早是切りにして武士の奉公は巳むへしと思ひたり、帰ると否や清正折を遁さす、偖も今日の働き神妙云はん方無しとて腰のものを賜はる、斯の如く毎度其の塲を去ては後悔すれとも、清正毎度時節をのかさす、或は陣羽織或は感状を与ふ、諸朋輩も皆羨みて讃嘆する故、夫に引れて引き込むことならす、さいを手に掛けて士大将と云はるゝ程に成りたるは、清正にだまされて本意を失ひたるなりとぞ、このもの忠広没落の後ち京へ引き込みて再ひ奉公をかせがす、安楽に耽りて居たるときの物語りなりと、かの家の古老の話也、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事左れは下より申すこと理筋に当りたることならは、少し足らぬ所ありとても、夫には搆はす随分賞翫して褒美すへきことなり、愚かなる人は器量小さくて、下たる者と丈け較へをする心なる故、夫ほとのことは誰も知りたることゝて下と智恵争ひをするに、名将はそこには搆はすして、下として能くも申したると思ひて其の申したる所一筋を賞翫する心ゆき遥に別也、之を英雄の心をとると云ふなり、ひた物に斯の如くなれは、下たるものゝ心に勇み出てゝ、賤きものゝ申したるを聴届けられたる所、下たるものゝ身にては特の外辱なきものなるゆゑ、是よりして役儀にはまる心出来するものなり、
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葉隠・聞書第一義経軍歌(よしつねぐんか)に、「大将(たいしょう)は人(ひと)に言葉(ことば)を能(よ)くかけよ」とあり。組被官(くみひかん)にても自然(しぜん)の時(とき)は申(もう)すに及(およ)ばず、平生(へいぜい)にも、「さても能(よ)く仕(し)たり、ここを一(ひと)つ働(はたら)き候(そうら)え、曲者(くせもの)かな(見事なやつだ)」と申(もう)し候(そうろう)時(とき)、身(み)の命(いのち)を惜(お)しまぬものなり。とかく一言(ひとこと)が大事(だいじ)のものなり。
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『驢鞍橋』卷上一日江州衆来り、国本にては何れも本秀和尚の教へを承ると云ふ。師聞て曰く、一段の事也。此和尚は人を損ふ事有るべからす、今時道者と云ふ人先づ我能き者に成りて打ち上り、人を印可して其儘人を悪くする也。然るに此和尚は先づ我足らずに居らるゝ間、何として人を許されんや。
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