新書 / 威不信
古之正義,東西南北,苟舟車之所達,人迹之所至,莫不率服,而後云天子;德厚焉,澤湛焉,而後稱帝;又加美焉,而後稱皇。今稱號甚美,而實不出長城,彼非特不服也,又大不敬。邊長不寧,中長不靜,譬如伏虎,見便必動,將何時已?昔高帝起布衣而服九州,今陛下杖九州而不行於凶奴,竊爲陛下不足。且事勢有甚逆者焉,其義尤要。天子者,天下之首也,何也?上也。蠻夷者,天下之足也,何也?下也。蠻夷徵令,是主上之操也;天了共貢,是臣下之禮也。足反居上,首顧居下,是倒植之勢也。天下之勢倒植矣,莫之能理,猶爲國有人乎?德可遠施,威可遠加,舟車所至,可使如志。而特捫然數百里,而威令不信,可爲流涕者此也。
新字:古之正義,東西南北,苟舟車之所達,人迹之所至,莫不率服,而後云天子;徳厚焉,沢湛焉,而後称帝;又加美焉,而後称皇。今称号甚美,而実不出長城,彼非特不服也,又大不敬。辺長不寧,中長不静,譬如伏虎,見便必動,将何時已?昔高帝起布衣而服九州,今陛下杖九州而不行於凶奴,窃為陛下不足。且事勢有甚逆者焉,其義尤要。天子者,天下之首也,何也?上也。蠻夷者,天下之足也,何也?下也。蠻夷徴令,是主上之操也;天了共貢,是臣下之礼也。足反居上,首顧居下,是倒植之勢也。天下之勢倒植矣,莫之能理,猶為国有人乎?徳可遠施,威可遠加,舟車所至,可使如志。而特捫然数百里,而威令不信,可為流涕者此也。
書き下し
古の正義、東西南北、苟しくも舟車の達する所、人迹の至る所、率服せざる莫く、而る後に天子と云う。徳厚く、沢湛えて、而る後に帝と称す。又た美を加えて、而る後に皇と称す。今称号甚だ美なれども、実は長城を出でず、彼特に服せざるのみに非ず、又た大いに不敬なり。辺長く寧からず、中長く静かならず、譬えば伏虎の如く、便を見れば必ず動く、将に何れの時にか已まん。昔高帝布衣より起こりて九州を服す、今陛下九州に杖りて凶奴に行われず、竊かに陛下の為に足らずとす。且つ事勢に甚だ逆なる者有り、其の義尤も要なり。天子とは、天下の首なり、何となれば、上なればなり。蛮夷とは、天下の足なり、何となれば、下なればなり。蛮夷の徴令は、是れ主上の操なり。天了の共貢は、是れ臣下の礼なり。足反って上に居り、首顧って下に居る、是れ倒植の勢いなり。天下の勢い倒植す、之を理むる能う莫し、猶お国に人有りと為さんや。徳は遠く施す可く、威は遠く加う可く、舟車の至る所、志の如くならしむ可し。而るに特だ捫然として数百里、威令信ならず、涕を流す可き者は此れなり。
現代語訳
古の正しい道理では、東西南北、舟や車が通じるところ、人の足跡が至るところ、従わない者がなくなって、はじめて天子と呼びました。徳が厚く恩沢が満ちて、はじめて帝と称し、さらに美が加わって、はじめて皇と称しました。今、称号は非常に美しいけれども、実際は長城の外へ出ず、彼らはただ従わないばかりか、大いに不敬です。辺境は長く安らがず、内地も長く静まらず、たとえば伏せた虎のようで、機を見れば必ず動き出します。いつ終わるのでしょう。昔、高祖は庶民から起こって九州を服させましたが、今陛下は九州を持ちながら匈奴には行き渡らず、私は陛下のためにこれを足りないと思います。しかも、勢いの上でひどく逆になっていることがあり、その意味は特に重大です。天子は天下の頭です。なぜなら上にいるからです。蛮夷は天下の足です。なぜなら下にいるからです。蛮夷が命令を出して徴発するのは主君の振る舞いで、天子が貢ぎ物を共に納めるのは臣下の礼です(原文は「天子」を「天了」と誤記しているようです)。足がかえって上にあり、頭がかえって下にある。これが倒植(さかさ立ち)の形勢です。天下の形勢がさかさになり、これを治める者がいないのに、国に人がいると言えるでしょうか。徳は遠くまで施せ、威は遠くまで及ぼせ、舟車の通じるところ、思いどおりにできるはずです。それなのに、わずか数百里の範囲にとどまって、威令が信じられていない。涙を流すべきことは、これです。
解説
この章句が説くこと
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人物志・效難政事を平道すれば、則ち以て国体と為す。猶ほ声有るの類を聴くに、名其の音に随ふがごとし。夫れ名実に非ざれば、之を用ふるも効あらず。故に曰く、
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尉繚子・兵令下諸そ大軍を去りて前禦の備へを為す者は、辺県列侯、各相去ること三五里。大軍の前禦の備へを為すを聞けば、戦へば則ち皆行くを禁ず、内を安んずる所以なり。内卒出でて戍れば、将吏をして旗鼓戈甲を授けしむ。発する日、将吏に後れ及び県の封界を出づる者は、後戍の法を以て坐す。兵辺を戍ること一歳、遂に亡げて代を候たざる者は、法亡軍に比す。父母妻子之を知れば、与に罪を同じくす。知らざれば、之を赦す。卒将吏に後れて大将の所に至ること一日なれば、父母妻子尽く罪を同じくす。卒逃げて家に帰ること一日、父母妻子捕執せず及び言はざれば、亦罪を同じくす。諸そ戦ひて其の将吏を亡ふ者、及び将吏卒を棄てて独り北ぐる者は、尽く之を斬る。前吏其の卒を棄てて北ぐるに、後吏能く之を斬りて其の卒を奪ふ者は、賞す。軍功無き者は、戍ること三歳。三軍大いに戦ひ、若し大将死して、従吏五百人以上敵に死する能はざれば、斬る。大将の左右近卒の陳中に在る者は、皆斬る。余の士卒軍功有る者は、一級を奪ふ。軍功無き者は、戍ること三歳。戦ひて伍人を亡ひ、及び伍人戦死して其の屍を得ざれば、同伍尽く其の功を奪ふ。其の屍を得れば、罪皆赦す。軍の利害は、国の名実に在り。今名は官に在りて、実は家に在り、官は其の実を得ず、家は其の名を得ず。卒を聚めて軍と為すも、空名有りて実無く、外は以て敵を禦ぐに足らず、内は以て国を守るに足らず、此れ軍の給せざる所以、将の威を奪はるる所以なり。臣以謂へらく、卒逃げ帰る者は、同舎の伍人及び吏罰して糧を入れて饒と為し、名づけて軍実と為す、是れ一軍の名有りて、二実の出有り、国内空虚にして、自ら民の歳を竭くす、曷ぞ以て奔北の禍を免れんや。今法を以て逃帰を止め、亡軍を禁ずるは、是れ兵の一勝なり。什伍相連なり、戦闘に及べば則ち卒吏相救ふは、是れ兵の二勝なり。
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『慎思録』巻之一実無くして名を得る者は、恥づべきの甚だしきなり。偶然一時之を得ると雖も、終にも亦必ず亡びんのみ。喜ぶべき所に非ざるなり。聖人は陰陽徳を合はせ、剛柔兼ね備はる。故に仁義の徳全し。中人以下は、偏性無きこと能はず。故に彼に明らかなる者は此に暗く、此に長ずる者は彼に短し。中人以下の性は、往往此くの如し。天の物を生ずる、全功無し。是れ自然の理なり。性を治むるの道は、其の余り有る所を裁ち、其の足らざる所を補ひて、偏り無からんことを欲するのみ。
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