呻吟語 / 外篇・人情・何ぞ其の名を惡みて其の實を好むや
稱人以顏子,無不悅者,忘其貧賤而夭;稱人以桀、紂、盜跖,無不怒者,忘其富貴而壽。好善惡惡之同然如此,而作人卻與桀、紂、盜跖同歸,何惡其名而好其實耶?
新字:称人以顔子,無不悦者,忘其貧賤而夭;称人以桀、紂、盗跖,無不怒者,忘其富貴而寿。好善悪悪之同然如此,而作人却与桀、紂、盗跖同帰,何悪其名而好其実耶?
書き下し
人を稱するに顏子を以てせば、悅ばざる者無し。其の貧賤にして夭なるを忘る。人を稱するに桀・紂・盜跖を以てせば、怒らざる者無し。其の富貴にして壽なるを忘る。善を好み惡を惡むの同じく然ること此の如し。而るに人と作るは卻つて桀・紂・盜跖と同じく歸す。何ぞ其の名を惡みて其の實を好むや。
現代語訳
人を顔回だと称えれば、喜ばない者はいません。顔回が貧賤で早死にしたことは忘れています。人を桀や紂や盗跖だと言えば、怒らない者はいません。彼らが富貴で長生きしたことは忘れています。善を好み悪を憎むことが一様であるのはこの通りです。それでいて人としての行いは、桀や紂や盗跖と同じところへ帰します。どうしてその名を憎んでその実を好むのでしょうか。
解説
名と実の好みが逆になっていることを示します。顔回と言われれば喜ぶが、その貧賤と早世は忘れている。桀紂と言われれば怒るが、その富貴と長寿は忘れている。つまり名前だけを見ているわけです。そして行いは後者に似ていく。善悪の判断が一様なのに、実際の選択が逆になるという矛盾が突かれています。名前だけを見ている、という状態が突かれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
名実顔回桀紂矛盾忘却
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