新書 / 親疏危亂
然尚有可諉者,曰疏。臣請試言其親者,假令齊悼惠王王齊,元王王楚,中子王趙,幽王王淮陽,共王王梁,靈王王燕,厲王王淮南,六七貴人皆無恙,各案其國而居,當是時,陛下即天子之位,能爲治乎?臣又竊知陛下之不能也。諸侯王雖名爲人臣,實皆布衣昆弟之心,慮無不帝制而天子自爲者。擅爵人,赦死罪,甚者或戴黃屋,漢法非立,漢令非行也。雖離道如淮南王者,令之安肯聽,召之焉可致?幸而至,法安可得加?動一親戚,天下環視而起,天下安可得制也?陛下之臣雖有悍如馮敬者,適啓其口,匕首已陷於胸矣。陛下雖賢,誰與領諸侯,此所謂親也者。故疏必危,親必亂。陛下之因今以爲治安,奈何知其必且危亂也,然且吟𪘆而堅控守之,爲何如制以𦇺相縣。臣能令知亂如今利百金□□□□□□
新字:然尚有可諉者,曰疏。臣請試言其親者,仮令斉悼恵王王斉,元王王楚,中子王趙,幽王王淮陽,共王王梁,霊王王燕,厲王王淮南,六七貴人皆無恙,各案其国而居,当是時,陛下即天子之位,能為治乎?臣又窃知陛下之不能也。諸侯王雖名為人臣,実皆布衣昆弟之心,慮無不帝制而天子自為者。擅爵人,赦死罪,甚者或戴黄屋,漢法非立,漢令非行也。雖離道如淮南王者,令之安肯聴,召之焉可致?幸而至,法安可得加?動一親戚,天下環視而起,天下安可得制也?陛下之臣雖有悍如馮敬者,適啓其口,匕首已陥於胸矣。陛下雖賢,誰与領諸侯,此所謂親也者。故疏必危,親必乱。陛下之因今以為治安,奈何知其必且危乱也,然且吟𪘆而堅控守之,為何如制以𦇺相県。臣能令知乱如今利百金□□□□□□
書き下し
然れども尚お諉す可き者有り、曰く疏なりと。臣請う試みに其の親しき者を言わん。仮令い斉の悼惠王は斉に王たり、元王は楚に王たり、中子は趙に王たり、幽王は淮陽に王たり、共王は梁に王たり、霊王は燕に王たり、厲王は淮南に王たり、六七貴人皆な恙無く、各おの其の国を案じて居らしむ、是の時に当たり、陛下即ち天子の位に即かば、能く治を為さんか。臣又た竊かに陛下の能わざるを知るなり。諸侯王名は人臣と為すと雖も、実は皆な布衣昆弟の心あり、慮るに帝制して天子自ら為さざる無し。擅に人に爵し、死罪を赦し、甚だしき者は或いは黄屋を戴く、漢の法立たず、漢の令行われざるなり。淮南王の如き道を離るる者と雖も、之に令すれば安んぞ肯えて聴かん、之を召せば焉んぞ致す可けん。幸いにして至るも、法安んぞ加うるを得可けん。一たび親戚を動かせば、天下環視して起こる、天下安んぞ制するを得可けん。陛下の臣、悍なること馮敬の如き者有りと雖も、適たま其の口を啓けば、匕首已に胸に陥らん。陛下賢なりと雖も、誰と与に諸侯を領せん。此れ所謂親なる者なり。故に疏なれば必ず危うく、親なれば必ず乱る。陛下今に因りて以て治安と為す、奈何ぞ其の必ず且に危乱せんとするを知る、然り而して吟𪘆して堅く之を控守し、何如なる制を為して𦇺を以て相県くるか。臣、能く令して乱を知ること今の如く、利は百金□□□□□□
現代語訳
それでも言い逃れできることがあります。疎遠な者だからだ、と言うのです。そこで試みに、近親の場合を申し上げます。仮に斉の悼惠王が斉に、元王が楚に、中子が趙に、幽王が淮陽に、共王が梁に、霊王が燕に、厲王が淮南に王であり、六、七人の貴人がみな無事で、それぞれの国を治めて暮らしているとします。そのとき陛下が天子の位に即いたとして、治めることができるでしょうか。私はやはり、できないと考えます。諸侯王は名目上は臣下ですが、実際はみな庶民の兄弟のような気持ちで、天子と同じ制度を用いて自ら天子のように振る舞わない者はいません。勝手に人に爵位を与え、死罪を赦し、ひどい者は黄屋(天子の車の覆い)を戴くほどで、漢の法は立たず、漢の令は行われていません。道を外れた淮南王のような者に命じても、どうして聞くでしょうか。召してもどうして来るでしょうか。たとえ来たとしても、法をどうして加えられましょうか。親族の一人を動かせば、天下が取り囲んで見て、立ち上がります。天下をどうして抑えられましょうか。陛下の臣下に、馮敬のように剛直な者がいても、口を開いたとたんに匕首が胸に突き立つでしょう。陛下がいかに賢明でも、誰と一緒に諸侯を統べるのですか。これがいわゆる「親」というものです。だから疎なら必ず危うく、親なら必ず乱れます。陛下は今の状態を治安と考えていますが、なぜ必ず危乱に至ると知りながら、嘆き苦しみつつ堅く守っているだけなのでしょう。どのような制度を作ってつなぎ止めるのですか。私は乱れを今のように見抜かせ、利は百金……(以下、欠字が続きます)。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 五帝本紀堯子丹朱の不肖にして、天下を授くるに足らざるを知る。是に於て乃ち権りて舜に授く。舜に授くれば、則ち天下其の利を得て丹朱病む。丹朱に授くれば、則ち天下病みて丹朱其の利を得。堯曰く、「終に天下の病を以て一人を利せず」と。而して卒に舜に授くるに天下を以てす。堯崩じ、三年の喪畢はり、舜丹朱に譲りて南河の南に辟く。諸侯の朝覲する者は丹朱に之かずして舜に之き、獄訟する者は丹朱に之かずして舜に之き、謳歌する者は丹朱を謳歌せずして舜を謳歌す。舜曰く、「天なるかな」と。而る後に中国に之きて天子の位を践む。是を帝舜と為す。虞舜は、名を重華と曰ふ。重華の父を瞽叟と曰ひ、瞽叟の父を橋牛と曰ひ、橋牛の父を句望と曰ひ、句望の父を敬康と曰ひ、敬康の父を窮蟬と曰ひ、窮蟬の父を帝顓頊と曰ひ、顓頊の父を昌意と曰ふ。以て舜に至るまで七世なり。窮蟬より以て帝舜に至るまで、皆微にして庶人為り。舜の父瞽叟は盲にして、舜の母死し、瞽叟更に妻を娶りて象を生む。象は傲なり。瞽叟後妻の子を愛し、常に舜を殺さんと欲す。舜避け逃る。小過有るに及べば、則ち罪を受く。父及び後母と弟とに順事し、日に以て篤謹にして、懈ること有る匪し。舜は、冀州の人なり。舜歴山に耕し、雷沢に漁し、河浜に陶し、什器を寿丘に作り、時に負夏に就く。舜の父瞽叟は頑、母は嚚、弟象は傲にして、皆舜を殺さんと欲す。舜順適して子の道を失はず、兄弟に孝慈なり。殺さんと欲するも、得可からず。即ち求むれば、嘗に側に在り。舜年二十にして孝を以て聞こゆ。三十にして帝堯用ゐる可き者を問ふに、四嶽咸虞舜を薦めて、可なりと曰ふ。
-
史記 蕭相国世家何頓首して曰く、「帝之を得たり。臣死すとも恨みず」と。何田宅を置くに必ず窮処に居り、家を為るに垣屋を治めず。曰く、「後世賢ならば、吾が倹を師とせよ。賢ならずんば、勢家の奪ふ所と為ること毋からん」と。孝恵二年、相国何卒し、謚して文終侯と為す。後嗣罪を以て侯を失ふ者四世、絶ゆ、天子輒ち複た何の後を求め、封じて酇侯を続がしむ、功臣之に比するを得る莫し。
-
『春秋左氏伝』昭公七年 其の父薪を析く晉侯間有り。子產に莒の二方鼎を賜ふ。子產豐施の為に州田を韓宣子に歸して曰く、「日(さき)に君夫の公孫段を以て、能く其の事に任ふと為して、之に州田を賜ふ。今祿無くして早世し、久しく君の德を享くるを獲ず。其の子敢へて有たず、敢へて以て君に聞せず、私かに諸を子に致す」と。宣子辭す。子產曰く、「古人言有りて曰く、『其の父薪を析くも、其の子負荷する克はず』と。施將に其の先人の祿に任ふる能はざるを懼る。其れ況んや能く大國の賜に任へんや。縱ひ吾子政を為して可なりとも、後の人若し屬(たまたま)疆埸の言有らば、敝邑戾を獲て、豐氏其の大討を受けん。吾子州を取らば、是れ敝邑を戾より免れしめて、豐氏を建置するなり。敢へて以て請ふと為す」と。宣子之を受け、以て晉侯に告ぐ。晉侯以て宣子に與ふ。宣子初言の為に、之を有つを病み、以て原縣を樂大心に易ふ。
-
史記 樊酈滕灌列伝三歳、絳侯勃相を免ぜられて国に就き、嬰丞相と為り、太尉の官を罷む。是の歳、匈奴大いに北地・上郡に入り、丞相嬰をして騎八万五千を将ゐて往きて匈奴を撃たしむ。匈奴去り、済北王反し、詔して乃ち嬰の兵を罷む。後歳余にして、嬰丞相を以て卒し、諡して懿侯と曰ふ。子平侯阿代りて侯たり。二十八年にして卒し、子彊代りて侯たり。十三年、彊罪有り、絶ゆること二歳。元光三年、天子灌嬰の孫賢を封じて臨汝侯と為し、灌氏の後を続がしむ、八歳にして、賕を行ふに坐して罪有り、国除かる。
-
史記 周本紀古公卒し、季歴立つ。是を公季と為す。公季古公の遺道を修め、行義に篤く、諸侯之に順ふ。公季卒し、子昌立つ。是を西伯と為す。
-
史記 殷本紀先王の言勉めざる可からず』と。曰く、『道ならずんば、国に在る毋かれ、女我を怨む毋かれ』と」と。以て諸侯に令す。伊尹咸有一徳を作り、咎単明居を作る。湯乃ち正朔を改め、服色を易へ、白を上び、朝会は昼を以てす。湯崩じ、太子太丁未だ立たずして卒す。是に於て迺ち太丁の弟外丙を立つ。是を帝外丙と為す。帝外丙即位三年にして崩じ、外丙の弟中壬を立つ。是を帝中壬と為す。帝中壬即位四年にして崩じ、伊尹迺ち太丁の子太甲を立つ。太甲は、成湯の適長孫なり。是を帝太甲と為す。帝太甲の元年、伊尹伊訓を作り、肆命を作り、徂后を作る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る