新書 / 時變
秦國失理,天下大敗。衆揜寡,知欺愚,勇劫懼,壯淩衰,功擊奮者爲賢,貴人善突盜者爲折,諸侯設諂而相輹,飾詐而相紹者爲知,天下亂至矣!是以大賢起之,威振海內,德從天下。曩之爲秦者,今轉而爲漢矣。
新字:秦国失理,天下大敗。衆揜寡,知欺愚,勇劫懼,壮淩衰,功撃奮者為賢,貴人善突盗者為折,諸侯設諂而相輹,飾詐而相紹者為知,天下乱至矣!是以大賢起之,威振海内,徳従天下。曩之為秦者,今転而為漢矣。
書き下し
秦国 理を失い、天下 大いに敗る。衆は寡を揜い、知は愚を欺き、勇は懼を劫し、壮は衰を淩ぎ、功ありて奮を撃つ者は賢と為し、貴人の善く突盗する者は折と為し、諸侯 諂を設けて相い輹り、詐を飾りて相い紹ぐ者は知と為す。天下 乱れること至れり。是を以て大賢 之を起こし、威 海内に振るい、徳 天下に従う。曩の秦たりし者、今は転じて漢と為れり。
現代語訳
秦の国は道理を失い、天下は大いに敗れました。多数は少数を覆い、知恵者は愚か者を欺き、勇者は臆病者を脅し、壮者は衰えた者を踏みにじり、手柄をあげて奮い立った者を打つ者を賢いとし、貴人の中で盗みに長けた者を折衝の才とし、諸侯はへつらいを設けて互いに結び、偽りを飾って互いに受け継ぐ者を知者としました。天下の乱れは極みに達しました。そのため大賢人が立ち上がり、威は海内に振るい、徳は天下に従いました。かつて秦であったものが、いまは転じて漢となったのです。
解説
秦末の乱れを描き、そこから漢が立ち上がった経緯を短くまとめた段です。賈誼は、多数が少数を覆い、知恵者が愚か者を欺くといった対比を並べ、力と嘘が評価される世の逆転を描きます。手柄を立てた者を打ち、盗みに長けた者を才能と呼ぶという、価値観の転倒が、世の乱れを物語ります。この段は、次の時変の論の前置きで、乱世から治世への転換点を示しています。現代の組織でも、結果さえ出せば手段は問われない、不正に長けた者が能力があるとされるような状況は危ういものです。評価の基準が歪むと、組織の方向そのものが乱れます。基準の健全さが、風土の土台です。
この章句が説くこと
時変秦評価乱世漢新書
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