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配所残筆 / 配所殘筆13

如此高ぶりたる事申候と可有之候、然處因州公御事は、御老年と申、御學問之義只今の御大名には無之候、其上紀伊守殿但馬守殿御家に諸家之名高者大勢被召抱、高知之者共罷在候、如斯者共之咄被爲聞、殊更兵學之儀兼而被仰聞候間、拙者躰御噂批判可仕候樣無之候、松浦公御事は因州公より少々御年下に被成御座候、御自分の御文學者無御座候へ共、晝夜書物等被聞召、文武之諸藝儒佛之御勤御怠不被成候、其上當代之古老衆每度御招請被成、御當家上方衆之近代之物語大分被成御存候、近年御家中に諸歷々方高知にて被差置、尤能者共御使立被成候、依て中根宋閑石谷士入常に被申候者、御家中之作法人の御使立被成候樣、若年には珍敷武將にて可有之由、度々被申候を、石谷市郎右衞門殿並拙者抔も承候事に候、然共此御兩公樣御事は、御自分より初御家中御領內迄之御作法御仕置無殘所候樣乍恐奉存候、然に一兩度者時の御挨拶と奉存候、度々被仰聞候事に御座候へば、拙者存念は立候て安堵仕候、拙者事御存被成御方々樣者、御分限不被成御座候、御存無之御方者、無途方者に可被思召候間、拙者事は當分永之浪人と覺悟候故、諸事逼塞仕罷在候所存に御座候由、其節申上候、

新字:如此高ぶりたる事申候と可有之候、然処因州公御事は、御老年と申、御学問之義只今の御大名には無之候、其上紀伊守殿但馬守殿御家に諸家之名高者大勢被召抱、高知之者共罷在候、如斯者共之咄被為聞、殊更兵学之儀兼而被仰聞候間、拙者体御噂批判可仕候様無之候、松浦公御事は因州公より少々御年下に被成御座候、御自分の御文学者無御座候へ共、昼夜書物等被聞召、文武之諸芸儒仏之御勤御怠不被成候、其上当代之古老衆毎度御招請被成、御当家上方衆之近代之物語大分被成御存候、近年御家中に諸歴々方高知にて被差置、尤能者共御使立被成候、依て中根宋閑石谷士入常に被申候者、御家中之作法人の御使立被成候様、若年には珍敷武将にて可有之由、度々被申候を、石谷市郎右衛門殿並拙者抔も承候事に候、然共此御両公様御事は、御自分より初御家中御領内迄之御作法御仕置無残所候様乍恐奉存候、然に一両度者時の御挨拶と奉存候、度々被仰聞候事に御座候へば、拙者存念は立候て安堵仕候、拙者事御存被成御方々様者、御分限不被成御座候、御存無之御方者、無途方者に可被思召候間、拙者事は当分永之浪人と覚悟候故、諸事逼塞仕罷在候所存に御座候由、其節申上候、

書き下し

如此高ぶりたる事申候と可有之候、然處因州公御事は、御老年と申、御學問之義只今の御大名には無之候、其上紀伊守殿但馬守殿御家に諸家之名高者大勢被召抱、高知之者共罷在候、如斯者共之咄被爲聞、殊更兵學之儀兼而被仰聞候間、拙者躰御噂批判可仕候樣無之候、松浦公御事は因州公より少々御年下に被成御座候、御自分の御文學者無御座候へ共、晝夜書物等被聞召、文武之諸藝儒佛之御勤御怠不被成候、其上當代之古老衆每度御招請被成、御當家上方衆之近代之物語大分被成御存候、近年御家中に諸歷々方高知にて被差置、尤能者共御使立被成候、依て中根宋閑石谷士入常に被申候者、御家中之作法人の御使立被成候樣、若年には珍敷武將にて可有之由、度々被申候を、石谷市郎右衞門殿並拙者抔も承候事に候、然共此御兩公樣御事は、御自分より初御家中御領內迄之御作法御仕置無殘所候樣乍恐奉存候、然に一兩度者時の御挨拶と奉存候、度々被仰聞候事に御座候へば、拙者存念は立候て安堵仕候、拙者事御存被成御方々樣者、御分限不被成御座候、御存無之御方者、無途方者に可被思召候間、拙者事は當分永之浪人と覺悟候故、諸事逼塞仕罷在候所存に御座候由、其節申上候、

現代語訳

このように高ぶったことを申すとお思いになる方もいるでしょう。ところで因州公は、ご老年でもあり、学問の面では今の大名にはほかにいらっしゃいません。そのうえ紀伊守殿・但馬守殿のお家には、諸家の名高い者が大勢召し抱えられ、高禄の者たちもおります。そうした者たちの話をお聞きになり、とりわけ兵学のことは前々から仰せになっていますので、私ごときを噂したり批判したりなさる筋合いはありません。松浦公は因州公より少しお若くていらっしゃいます。ご自身は文学の人ではありませんが、昼夜書物などを読み聞かせてお聞きになり、文武の諸芸、儒仏の勤めを怠られません。そのうえ当代の古老衆をたびたびお招きになり、お家や上方衆の近代の物語を多くご存じです。近年は家中に由緒ある方々を高禄でお置きになり、とくに優れた者たちを使いに立てておられます。そこで中根宗閑・石谷士入が、家中の作法や人の使い方は、若年にしては珍しい武将であろうと、たびたび申すのを、石谷市郎右衛門殿や私なども聞いておりました。ところがこの両公のことは、ご自身から家中・領内に至るまで、作法も仕置きも行き届かぬところがないと、恐れながら存じます。一、二度は時の挨拶かと思いましたが、たびたび仰せになることなので、私の存念も立ち、安堵いたしました。私のことをご存じの方々は、私の身分のほどもご承知のはずです。ご存じない方は、途方もない者とお思いになるでしょう。私はさしあたり永の浪人と覚悟し、何事もひっそりと暮らす所存ですと、その折に申し上げました。

解説

この段は、素行が二人の大名について、自分への評価の高さと、それに対する自分の構えを語る箇所です。因州公は老年で学問があり、松浦公は自ら学者ではなくても書物を聞き、古老を招き、家中を治めている、と素行は見ています。そのような人々が自分の兵学を重んじてくれたのだと述べつつ、最後は「永の浪人」と覚悟して引き籠もる所存だと結びます。冒頭で「高ぶった話だ」と断る語り口には、自慢に聞こえることへの用心がうかがえます。前の段から続く途中の段で、文の頭から始まっていません。現代でも、自分への高い評価をどう受け止め、どこまで語るかは、キャリアの語り方の難所です。評価を受けても身の置き所を見誤らない姿勢は、管理職にも参考になります。

この章句が説くこと

評価見識大名古老浪人配所残筆

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