新書 / 五美
經制一定,宗室子孫慮不王。制定之後,下無倍背之心,上無誅代之志,上下歡親,諸侯順附,故天下咸知陛下之仁。地制一定,則帝道還明而臣心還正,法立而不犯,令行而不逆,貫高、利幾之謀不生,棧奇、啓章之計不萌,細民鄉善,大臣致順,上使然也,故天下咸知陛下之義。地制一定,臥赤子天下之上而安,植遺腹,朝委裘,而天下不亂,社稷長安,宗廟久尊,傳之後世,不知其所窮。故當時大治,後世誦聖。一動而五美附,陛下誰憚而久不爲此五美?
新字:経制一定,宗室子孫慮不王。制定之後,下無倍背之心,上無誅代之志,上下歓親,諸侯順附,故天下咸知陛下之仁。地制一定,則帝道還明而臣心還正,法立而不犯,令行而不逆,貫高、利幾之謀不生,棧奇、啓章之計不萌,細民郷善,大臣致順,上使然也,故天下咸知陛下之義。地制一定,臥赤子天下之上而安,植遺腹,朝委裘,而天下不乱,社稷長安,宗廟久尊,伝之後世,不知其所窮。故当時大治,後世誦聖。一動而五美附,陛下誰憚而久不為此五美?
書き下し
経制 一たび定まれば、宗室の子孫 王とせられざるを慮らず。制 定まるの後、下に倍背の心無く、上に誅代の志無く、上下 歓び親しみ、諸侯 順い附く。故に天下 咸 陛下の仁を知る。地制 一たび定まれば、則ち帝道 還た明らかに、臣心 還た正し。法 立ちて犯さず、令 行われて逆らわず、貫高・利幾の謀 生ぜず、棧奇・啓章の計 萌さず。細民は善に郷い、大臣は順を致すは、上の然らしむるなり。故に天下 咸 陛下の義を知る。地制 一たび定まれば、赤子を天下の上に臥せしめて安く、遺腹を植え、委裘に朝するも、天下 乱れず、社稷 長く安く、宗廟 久しく尊く、之を後世に伝えて、其の窮まる所を知らず。故に当時は大いに治まり、後世は聖を誦す。一たび動きて五美 附く。陛下 誰をか憚りて久しく此の五美を為さざる。
現代語訳
制度の筋道が一度定まれば、皇族の子孫が王に取り立てられないという心配もなくなります。制度が定まった後は、下に背く心がなく、上に誅殺して取って代わる志もなく、上下が喜び親しみ、諸侯はおとなしく従います。だから天下はみな陛下の仁を知るのです。土地の制度が一度定まれば、帝の道はふたたび明らかになり、臣の心はふたたび正しくなります。法は立って犯されず、命令は行われて逆らわれず、貫高や利幾のような謀略は生まれず、棧奇や啓章のような計略も芽生えません。民が善に向かい、大臣が従順になるのは、上がそうさせるからです。だから天下はみな陛下の義を知るのです。土地の制度が一度定まれば、赤子を天下の上に寝かせても安らかで、遺腹の子を立て、皇帝の衣装に朝見しても、天下は乱れません。社稷は長く安らぎ、宗廟は久しく尊ばれ、後の世に伝えて、その終わりを知りません。ですから当時は大いに治まり、後世は聖人と称えます。一度動いて五つの美が付いてきます。陛下は誰を憚って、長くこの五つの美をなさらないのですか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、老氏の虚無と、釈氏の寂滅と、亦異なる所有りや。曰く、浅深有るがごとしと雖も、然れども其の帰は則ち一なり。老氏は天地万物を以て皆虚無と為し、釈氏は天地万物を以て総べて寂滅と為す。後漢書に云ふ、其の道虚無を以て宗と為すと。是れのみ。其の他種種奇特神通を説くは、皆方便の説のみ。老氏に至つては反つて之無し。仏は慈悲済度を以て主と為す。禅に至つては、則ち一向に棄て去る。理を説くこと至つて高ければ、必ず此に到らざることを得ず。其の慈悲済度を主とするは、仁に似たり。然れども義を知らざるは、則ち一なり。殊に知らず、義は天下の大路にして、一日も離るべからざることを。老氏も亦然り。
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『弁名』義「君臣義有り」と曰ふが如きは、臣を主として之を言ふ。蓋し君は其の全を統ぶる者なり。先王の道は民を安んずるに在り。是を以て仁人に非ずんば則ち道に任ずること能はず。故に曰く、「人君と為りては仁に止まる」と。臣も亦た先王の道に任ずる者なり。然れども君は其の全を統べて、臣は其の分に任ず。各〻官守有り、各〻事とする所有り、千差万別、義に非ずんば則ち能はず。故に義を以て臣の道と為すなり。「子を教ふるに義方を以てす」の如きも、亦た臣の道を教ふるを謂ふなり。各〻官守有りて、彼は此に通ぜず、是れ之を方と謂ふ。唯だ義のみ爾りと為す。論語に曰く、「君子の仕ふるや、其の義を行ふなり」と。又曰く、「義を行ひて以て其の道を達す」と。仕へて以て其の学ぶ所の先王の義を行ふを謂ふなり。
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『五常訓』巻之四・義一尚書に、礼を以て心を制し、義を以て事を制すといへり。礼は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、万事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを断ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬収蔵するは義なり。収蔵とは、草木零落し、生気をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の収蔵なければ、万物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはば、子を愛するは仁なり。子の悪を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、悪におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、真の愛にあらず。
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『童子問』卷中問ふ。仁義を孔孟学問の宗旨と為すは、何ぞや。曰く、孟子の書は、論語の旨を述ぶる者なり。而して仁義の二字は、是れ開巻第一義なり。七篇の書、言言句句、仁義の功を説くに非ざるは莫し。其の性善を言ふは、仁義の実に己に有るを明らかにするなり。浩然の気を言ふは、仁義の功用を論ずるなり。千言万語至つて多端なりと雖も、仁義の二字に総括せざるは莫し。親を親しむより之を充てて、朋友・郷党・識る所の疎薄の人に至り、慈愛の心、周遍浹洽して、底らざる所無く、而して一毫残忍忮害の念無き者、之を仁と謂ふ。一取舎の間より之を充てて、辨別分明、苟も其の義に非ざれば、則ち之に禄するに天下を以てすとも顧みざる者、之を義と謂ふ。他の卓行偉績、取るべき有りと雖も、然れども少しく仁に於て闕くること有れば、則ち皆徳と為すに足らず。義に於て欠くこと有れば、亦之を称するに足らず。智とは、斯の二者を知りて去らざる、是れなり。礼とは、斯の二者を節文する、是れなり。皆仁義の推なり。仁義の孔孟学問の宗旨たる所以は、此を以てなり。
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『慎思録』巻之一仲虺の誥に曰く、克く寛に克く仁に、信を兆民に彰かにすと。六経の仁信を言ふは、此に始まる。又曰く、義を以て事を制し、礼を以て心を制すと。六経の義礼を言ふは、此に始まる。又曰く、天乃ち王に勇智を錫ふと。六経の智勇を言ふは、此に始まる。湯誥に曰く、惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す。恒の性有るに若ひ、克く厥の猷を綏んずるは、惟れ后なりと。六経の性を言ふは、此に始まる。太甲に曰く、鬼神は常に享くること無し、克く誠なるに享くと。六経の誠を言ふは、此に始まる。
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「君仁なれば仁ならざる莫く、君義なれば義ならざる莫し。」
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