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五常訓 / 巻之四・義

一尙書に、以禮制心、以義制事といへり。禮は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、萬事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを斷ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬收藏するは義なり。收藏とは、草木零落し、生氣をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の收藏なければ、萬物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはゞ、子を愛するは仁なり。子の惡を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、惡におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、眞の愛にあらず。

新字:一尚書に、以礼制心、以義制事といへり。礼は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、万事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを断ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬収蔵するは義なり。収蔵とは、草木零落し、生気をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の収蔵なければ、万物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはゞ、子を愛するは仁なり。子の悪を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、悪におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、真の愛にあらず。

書き下し

一尚書に、礼を以て心を制し、義を以て事を制すといへり。礼は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、万事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを断ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬収蔵するは義なり。収蔵とは、草木零落し、生気をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の収蔵なければ、万物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはば、子を愛するは仁なり。子の悪を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、悪におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、真の愛にあらず。

現代語訳

『書経』に「礼によって心を制し、義によって事を制する」とあります。礼は敬だけです。敬によって心の私や曲がりを制するのです。義によって事を制するとは、あらゆる事を行うのに、その事に宜しく制することです。制するとは、たとえば長いものを断ってちょうどよい程にし、多いものを減らしてちょうどよい程にするようなものです。物を裁いてよいようにすることをいいます。これは仁を助けることです。一年の働きでも、春夏に生長するのは仁です。秋冬に収め蔵するのは義です。収蔵とは、草木が枯れ落ち、生気が収まって根に帰ることをいいます。仁があって義がなければ、たとえば春夏に生長するばかりで、秋冬の収蔵がなければ、万物が成就しないようなものです。子を育てる一事でいえば、子を愛するのは仁です。子の悪を戒めるのは義です。愛さなければ、恩がなくて他人のようです。愛するだけで戒めなければ、その子は不義に流れ、悪に落ち入って禍となるので、甘やかして愛するのが、かえって仇となって、本当の愛ではありません。

解説

『書経』仲虺之誥の「礼を以て心を制し、義を以て事を制す」を引き、義とは物事をちょうどよい程に整えることで、仁を助けるものだと説いています。仁だけで義がないのは、春夏に伸びるだけで秋冬に実らない植物のようなものだという比喩も見事です。特に子育ての例は具体的で、愛するだけで戒めなければ子は悪に流れ、甘やかし(姑息)がかえって仇になると述べます。『和俗童子訓』で子どもの教育を論じた益軒の、今も通用する子育ての要点です。

この章句が説くこと

義仁子育て書経教育

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