慎思録 / 巻之一
仲虺之誥曰。克寛克仁。彰信兆民。六經言仁信。始乎此。又曰。以義制事。以禮制心。六經言義禮。始乎此。又曰。天乃錫王勇智。六經言智勇。始乎此。湯誥曰。惟皇上帝。降衷于下民。若有恒性。克綏厥猷。惟后。六經言性。始乎此。大甲曰。鬼神無常享。享于克誠。六經言誠。始乎此。
新字:仲虺之誥曰。克寛克仁。彰信兆民。六経言仁信。始乎此。又曰。以義制事。以礼制心。六経言義礼。始乎此。又曰。天乃錫王勇智。六経言智勇。始乎此。湯誥曰。惟皇上帝。降衷于下民。若有恒性。克綏厥猷。惟后。六経言性。始乎此。大甲曰。鬼神無常享。享于克誠。六経言誠。始乎此。
書き下し
仲虺の誥に曰く、克く寛に克く仁に、信を兆民に彰かにすと。六経の仁信を言ふは、此に始まる。又曰く、義を以て事を制し、礼を以て心を制すと。六経の義礼を言ふは、此に始まる。又曰く、天乃ち王に勇智を錫ふと。六経の智勇を言ふは、此に始まる。湯誥に曰く、惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す。恒の性有るに若ひ、克く厥の猷を綏んずるは、惟れ后なりと。六経の性を言ふは、此に始まる。太甲に曰く、鬼神は常に享くること無し、克く誠なるに享くと。六経の誠を言ふは、此に始まる。
現代語訳
「仲虺之誥」に「よく寛大に、よく仁であり、信を万民に明らかにする」とあります。六経が仁と信を言うのは、ここに始まります。また「義によって事を裁き、礼によって心を制する」とあります。六経が義と礼を言うのは、ここに始まります。また「天は王に勇と智を与えた」とあります。六経が智と勇を言うのは、ここに始まります。「湯誥」に「大いなる上帝は、正しいものを民に降した。その常の性に従い、よくその道を安んじさせるのが君主である」とあります。六経が性を言うのは、ここに始まります。「太甲」に「鬼神は常に祭りを受けるのではない。よく誠である者の祭りを受ける」とあります。六経が誠を言うのは、ここに始まります。
解説
儒教の基本概念が、経書のどこで初めて現れるかを『尚書』から拾い出した条です。仲虺之誥・湯誥・太甲はいずれも殷の湯王とその周辺の言葉を記した篇とされます。ただしこれらは今日、東晋の頃に現れた偽古文とされる篇で、清の閻若璩らの考証によって後世の作と論じられました。益軒の時代にはまだ古い経文として重んじられていたことが分かります。概念の出どころを確かめようとする姿勢そのものは、言葉の意味を正確につかむための確かな方法です。
この章句が説くこと
仁義礼誠性尚書
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