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新書 / 數寧

射獵之娛與安危之機,孰急也?臣聞之:自禹已下五百歲而湯起,自湯已下五百餘年而武王起。故聖王之起,大以五百爲紀。自武王已下過五百歲矣,聖王不起,何怪矣。及秦始皇帝似是而卒非也,終於無狀。及今,天下集於陛下,臣觀寬大知通,竊曰足以操亂業,握危勢,若今之賢也。明通以足

新字:射猟之娯与安危之機,孰急也?臣聞之:自禹已下五百歳而湯起,自湯已下五百余年而武王起。故聖王之起,大以五百為紀。自武王已下過五百歳矣,聖王不起,何怪矣。及秦始皇帝似是而卒非也,終於無状。及今,天下集於陛下,臣観寛大知通,窃曰足以操乱業,握危勢,若今之賢也。明通以足

書き下し

射猟の娯しみと安危の機と、孰れか急なるや。臣之を聞く、禹より已下五百歳にして湯起こり、湯より已下五百余年にして武王起こる。故に聖王の起こるは、大は五百を以て紀と為す。武王より已下五百歳を過ぐるに、聖王起こらざるは、何ぞ怪しまん。秦の始皇帝に及びては、是に似て卒に非にして、終に無状に終わる。今に及び、天下陛下に集まり、臣観るに寛大にして知通、竊かに曰う、以て乱業を操り、危勢を握るに足る、今の賢の若しと。明通以て足る

現代語訳

狩りの楽しみと、国の安危の分かれ目とは、どちらが急ぎでしょうか。私は聞いています。禹から五百年を経て湯が起こり、湯から五百余年を経て武王が起こりました。だから聖王が起こるのは、大きくは五百年を一つの区切りとします。武王から五百年を過ぎましたが、聖王が起こらないのは、怪しむことではありません。秦の始皇帝に至っては、似ているようで結局は違い、最後はよい形になりませんでした。いま天下は陛下に集まり、私が見るところ寛大で知にも通じ、乱れた事業を操り、危うい勢いを握るのに足りる、今の賢者のようです、と私はひそかに申します。明通は足りる(以下、底本の文が途中で途切れている)。

解説

冒頭の問いは、狩りの楽しみと国の安危の分かれ目のどちらが急ぎか、と君主に切り込むものです。続いて禹、湯、武王と五百年ごとに聖王が出るという見方を示し、いまがその時期にあたると文帝を持ち上げます。始皇は似ているようで結局は違った、という比較も置かれています。持ち上げと諫めを一つの文に重ねる賈誼の話し方です。ただ、この段は本文が「明通以足」で途中切れになっており、結びの趣旨を読み切れません。底本の欠けとして正直に受け止める必要があります。経営でも、資料に欠けがあるときは、わかる部分だけで断定しすぎない姿勢が大切です。

この章句が説くこと

安危の機聖王五百年諫言文帝新書

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