慎思録 / 巻之六
許白雲曰。吾非有大過人。唯爲學之功無間斷耳。篤信亦謂。吾之不肖。固無一事如人者。唯讀書之功。至老勉勵不休。雖耄耋之年。衰憊之至。亦無敢間斷而已。然古語曰。家有弊帚。享之千金。是可以驗輕薄之人自矜于小小才能也。吾思此語。而不敢以勉强不休自敖人。
新字:許白雲曰。吾非有大過人。唯為学之功無間断耳。篤信亦謂。吾之不肖。固無一事如人者。唯読書之功。至老勉励不休。雖耄耋之年。衰憊之至。亦無敢間断而已。然古語曰。家有弊帚。享之千金。是可以験軽薄之人自矜于小小才能也。吾思此語。而不敢以勉強不休自敖人。
書き下し
許白雲曰く、吾大いに人に過ぐること有るに非ず、唯だ学を為すの功間断無きのみと。篤信も亦謂ふ、吾の不肖、固より一事も人に如く者無し。唯だ読書の功、老に至るまで勉励して休まず。耄耋の年、衰憊の至りと雖も、亦敢へて間断すること無きのみ。然れども古語に曰く、家に弊帚有り、之を千金に享すと。是れ以て軽薄の人の小小の才能に自ら矜るを験すべし。吾此の語を思ひて、敢へて勉強して休まざるを以て自ら人に敖らず。
現代語訳
許白雲は「私は人に大いに勝るところがあるわけではない。ただ学問をする努力に途切れがないだけだ」と言いました。私篤信もまた言います。私は不肖で、もとより一つとして人に及ぶことはありません。ただ読書の努力だけは、老いるまで励んで休みませんでした。八十、九十の年で衰え疲れ果てていても、やはり途切れさせたことはありません。しかし古い言葉に「家に破れた箒があると、それを千金の値打ちがあると思う」とあります。これで軽薄な人が小さな才能を自ら誇ることが分かります。私はこの言葉を思って、努めて休まないことを理由に人に驕ることはしません。
解説
元の儒者許謙(白雲)の「学を為すの功間断無きのみ」に共感し、自分も老いるまで読書を休まなかったと語りつつ、それを誇らないと戒めた条です。「家に弊帚有り、之を千金に享す」は曹丕『典論』論文に見える語で、自分の持ち物を過大に評価する喩えです。益軒の強みは才能より継続でした。毎日少しずつでも途切れさせないことが、長い年月の後に大きな差になります。そしてその継続さえ誇らずにいることが、学び続ける人の品格です。
この章句が説くこと
学問継続読書謙虚勤
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