囲炉夜話 / 第二百一則・渾金璞玉の如し
有才必韜藏,如渾金璞玉,闇然而日章也。 為學無間斷,如流水行雲,日進而不已也。
新字:有才必韜蔵,如渾金璞玉,闇然而日章也。 為学無間断,如流水行雲,日進而不已也。
書き下し
才有らば必ず韜藏す、渾金璞玉の如く、闇然として日に章かなり。 學を為すに間斷無し、流水行雲の如く、日に進みて已まざるなり。
現代語訳
才能があっても、必ずそれを包み隠すものです。精錬前の金や磨く前の玉のように、表には出さなくても、日に日にその輝きが明らかになってきます。学問は途切れなく続けるものです。流れる水や行く雲のように、日々進んで止むことがありません。
解説
才能の持ち方と学問の続け方を、自然のたとえで示す対句です。渾金璞玉とは、精錬していない金と磨いていない玉のことで、飾り気のない素朴な美質を言います。続く言葉は『中庸』の「君子の道は闇然として日に章かなり」を踏まえ、目立たないようでいて日ごとに明らかになる様子を表します。原文ではこの闇の字が抜けているように見えます。下の句は、学問は流れる水や行く雲のように、休まず自然に進み続けるものだと言います。才を内に蓄えることと学を絶やさないことを並べ、成果を見せびらかすより黙って積み重ねよと説いています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
謙虚学問韜晦中庸勤勉
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