幽夢影 / 巻上・下の下なり
人非聖賢,安能無所不知。祇知其一,惟恐不止其一,復求知其二者,上也;止知其一,因人言,始知有其二者,次也;止知其一,人言有其二而莫之信者,又其次也;止知其一,惡人言有其二者,斯下之下矣。
新字:人非聖賢,安能無所不知。祇知其一,惟恐不止其一,復求知其二者,上也;止知其一,因人言,始知有其二者,次也;止知其一,人言有其二而莫之信者,又其次也;止知其一,悪人言有其二者,斯下之下矣。
書き下し
人は聖賢に非ず、安んぞ能く知らざる所無からん。祇だ其の一を知り、惟だ其の一に止まらざるを恐れ、復た其の二を知らんことを求むる者は、上なり。止だ其の一を知り、人の言ふに因りて、始めて其の二有るを知る者は、次なり。止だ其の一を知り、人其の二有りと言ふも之を信ずる莫き者は、又其の次なり。止だ其の一を知り、人の其の二有りと言ふを惡む者は、斯れ下の下なり。
現代語訳
人は聖人や賢者ではないのですから、知らないことが一つもないなどということがあるでしょうか。一つだけを知っていて、それだけでは済まないのではないかと心配し、さらにもう一つを知ろうと求める人が、上です。一つだけを知っていて、人に言われて初めてもう一つあることを知る人が、その次です。一つだけを知っていて、人がもう一つあると言っても信じない人が、さらにその次です。一つだけを知っていて、人がもう一つあると言うのを嫌がる人は、下の下です。
解説
知らないことへの向き合い方で、人を四段階に分けた一則です。誰でもすべてを知っているわけではないという前提に立ち、自分から次を知ろうとする人、人に言われて気づく人、言われても信じない人、言われるのを嫌う人と、段々に下がっていきます。最も悪いのは知らないことではなく、知らないことを指摘されて腹を立てることだというわけです。友人の周星遠は、多くの意見を聞けば耳がさとくなる、張潮が物事に深く通じているのはそのためだと評し、倪永清は、聖賢の大学問をこの清らかな言葉から得るとは思わなかったと感嘆しています。自分の知らない一面を示されたとき、どう反応するかで成長の速さが決まります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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