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慎思録 / 巻之六

陶靖節之賢而有文。尙自謂少而貧病。居無僕妾。今也吾人幸霑君恩。而飽食煖衣。而逸居。又有婢僕。而供使令。可謂超分之宜也。我身雖貧賤矣。上比不足。而下比有餘矣。何憂貧窮而阨窮乎。

新字:陶靖節之賢而有文。尚自謂少而貧病。居無僕妾。今也吾人幸霑君恩。而飽食煖衣。而逸居。又有婢僕。而供使令。可謂超分之宜也。我身雖貧賤矣。上比不足。而下比有余矣。何憂貧窮而阨窮乎。

書き下し

陶靖節の賢にして文有るすら、尚ほ自ら少くして貧病、居に僕妾無しと謂ふ。今や吾人幸ひに君恩に霑ひて、飽食煖衣して逸居し、又婢僕有りて使令に供す。分の宜しきに超ゆと謂ふべし。我が身貧賤なりと雖も、上に比ぶれば足らず、下に比ぶれば余り有り。何ぞ貧窮を憂へて阨窮せんや。

現代語訳

陶靖節(陶淵明)のように賢く文才のある人でさえ、自ら「若いころから貧しく病がちで、家には召使いもいなかった」と言っています。今、私は幸いに主君の恩に浴して、満腹で暖かく安楽に暮らし、また召使いがいて用を足してくれます。分にかなう以上だと言うべきです。わが身は貧賤であっても、上と比べれば足りず、下と比べれば余りがあります。どうして貧しさを憂えて行き詰まることがありましょう。

解説

陶淵明でさえ貧しく召使いもいなかったのに、自分は主君の恩で安楽に暮らしていると感謝し、貧しさを憂える理由はないと述べた条です。陶淵明の言葉は「子の儼等に与ふる疏」に見える自述です。益軒は福岡藩から隠居料を受けて晩年を過ごしました。「上に比ぶれば足らず、下に比ぶれば余り有り」は古くからの成句で、比べる相手次第で満足も不満も生まれることを言います。上ばかり見て不足を嘆くより、今あるものに目を向けると心が落ち着きます。

この章句が説くこと

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