慎思録 / 巻之六
赴他人之家而話。須避朝饔晩飧之時。不可奪主人有事之時。爲人所厭怠者。非爲客之禮。凡爲客者。非有故。不可緩坐失時。使主人倦怠。
新字:赴他人之家而話。須避朝饔晩飧之時。不可奪主人有事之時。為人所厭怠者。非為客之礼。凡為客者。非有故。不可緩坐失時。使主人倦怠。
書き下し
他人の家に赴きて話すには、須らく朝饔晩飧の時を避くべし。主人の事有るの時を奪ふべからず。人の厭怠する所と為るは、客為るの礼に非ず。凡そ客為る者は、故有るに非ずば、緩坐して時を失ひ、主人をして倦怠せしむべからず。
現代語訳
他人の家を訪ねて話すときは、朝食や夕食の時間を避けるべきです。主人の用事のある時間を奪ってはいけません。人に嫌がられ飽きられるのは、客としての礼ではありません。およそ客となる者は、わけがなければ長居して時を過ごし、主人を疲れさせてはいけません。
解説
人の家を訪ねるときは食事時を避け、長居して主人を疲れさせないようにという客の心得を記した条です。「饔」は朝食、「飧」は夕食のことです。益軒は『大和俗訓』や『家道訓』でも、訪問や応対の作法を細かく説きました。こうした日常の礼は、相手の時間を大切にするという一点に集約されます。今なら、相手の忙しい時間帯に電話や連絡をしない、打ち合わせを必要以上に長引かせないといった配慮にそのまま通じます。
この章句が説くこと
礼客時間配慮作法
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