慎思録 / 巻之六
凡爲子弟。須勤勞于尊長之事。勿自爲尊長之態。而爲安逸。凡爲人子之禮。須朝夕定省于父母。或不同居者。亦隨于其遠近。毎日一省。或數日一省。勿疏濶。文王之爲世子。朝於王季日三。雞初鳴而至。及日中又至。及莫又至。世子猶如此。况於賤者乎。
新字:凡為子弟。須勤労于尊長之事。勿自為尊長之態。而為安逸。凡為人子之礼。須朝夕定省于父母。或不同居者。亦随于其遠近。毎日一省。或数日一省。勿疏濶。文王之為世子。朝於王季日三。鶏初鳴而至。及日中又至。及莫又至。世子猶如此。況於賤者乎。
書き下し
凡そ子弟たる者は、須らく尊長の事に勤労すべし。自ら尊長の態を為して、安逸を為すこと勿かれ。凡そ人の子たるの礼は、須らく朝夕父母を定省すべし。或は居を同じくせざる者も、亦其の遠近に随ひて、毎日一たび省み、或は数日に一たび省みて、疏濶なること勿かれ。文王の世子たるや、王季に朝すること日に三たび、雞初めて鳴きて至り、日中に及びて又至り、莫に及びて又至る。世子すら猶ほ此くの如し。況んや賤しき者に於いてをや。
現代語訳
およそ子弟たる者は、目上の人の仕事に骨を折るべきです。自分が目上のような態度をとって、安楽に過ごしてはいけません。およそ人の子としての礼は、朝夕に父母の寝床を整え、ご機嫌をうかがうべきです。同居していない者も、その遠近に応じて、毎日一度うかがうか、数日に一度うかがうかして、疎遠になってはいけません。文王が世子であったとき、父の王季のもとへ日に三度参上しました。鶏が初めて鳴くころに参り、日中にまた参り、日暮れにまた参りました。世子でさえこのようでした。まして身分の低い者はなおさらです。
解説
子弟は目上のために働き、親には朝夕のご機嫌うかがいを欠かさないようにと説く、家訓的な条です。「定省」は『礼記』曲礼上の「昏に定めて晨に省みる」、文王の逸話は『礼記』文王世子篇に見えます。本巻の終わり近くには、このような日常の礼を記した条が続きます。益軒は『家道訓』『和俗童子訓』でも同じ心得を説きました。離れて暮らす親に電話一本、短い連絡を欠かさないことも、現代の定省と言えるでしょう。
この章句が説くこと
孝礼定省家族礼記
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