史記 / 五帝本紀
舜の父瞽叟頑、母嚚、弟象傲、皆舜を殺さんと欲す。舜順適して子道を失はず、兄弟に孝慈なり。殺さんと欲するも、得可からず、即ち求むれば、嘗て側に在り。瞽叟尚ほ復た之を殺さんと欲し、舜をして廩に上り涂らしめ、瞽叟下より火を縦ちて廩を焚く。舜乃ち両笠を以て自ら捍ぎて下り、去りて、死せざるを得たり。後瞽叟又舜をして井を穿たしめ、舜既に入りて深く、瞽叟象と共に土を下して井を実む、舜匿空より出でて、去る。舜復た瞽叟に事へ弟を愛すること彌よ謹む。
新字:舜の父瞽叟頑、母嚚、弟象傲、皆舜を殺さんと欲す。舜順適して子道を失はず、兄弟に孝慈なり。殺さんと欲するも、得可からず、即ち求むれば、嘗て側に在り。瞽叟尚ほ復た之を殺さんと欲し、舜をして廩に上り涂らしめ、瞽叟下より火を縦ちて廩を焚く。舜乃ち両笠を以て自ら捍ぎて下り、去りて、死せざるを得たり。後瞽叟又舜をして井を穿たしめ、舜既に入りて深く、瞽叟象と共に土を下して井を実む、舜匿空より出でて、去る。舜復た瞽叟に事へ弟を愛すること弥よ謹む。
書き下し
舜の父瞽叟頑、母嚚、弟象傲、皆舜を殺さんと欲す。舜順適して子道を失はず、兄弟に孝慈なり。殺さんと欲するも、得可からず、即ち求むれば、嘗て側に在り。瞽叟尚ほ復た之を殺さんと欲し、舜をして廩に上り涂らしめ、瞽叟下より火を縦ちて廩を焚く。舜乃ち両笠を以て自ら捍ぎて下り、去りて、死せざるを得たり。後瞽叟又舜をして井を穿たしめ、舜既に入りて深く、瞽叟象と共に土を下して井を実む、舜匿空より出でて、去る。舜復た瞽叟に事へ弟を愛すること彌よ謹む。
現代語訳
「肉親から命を狙われるほどの仕打ちを受けてなお、恨まず、誠実を尽くす」——聖王・舜の、想像を絶する孝行を描いた一段です。舜の家庭環境は、悲惨なものでした。父の瞽叟(こそう)は頑迷、(継)母は口やかましく、弟の象(しょう)は傲慢で、なんと家族ぐるみで、舜を殺そうとさえしていた(皆欲殺舜)のです。ところが舜は、そんな家族に対しても、「よく従い、子としての道を失わず、兄弟に対しても、孝行と慈しみを尽くした(順適不失子道、兄弟孝慈)」。彼らが殺そうと隙を狙っても、(用心して)捕まらず、しかし用があって呼ばれれば、いつもそばに控えていました。家族の殺意は、なおも執拗でした。父の瞽叟は、舜に穀物倉の屋根を塗らせ、舜が上ったところで、下から火を放って、倉ごと焼き殺そうとします。舜は、二つの笠を(翼のように)使って身を守りながら飛び降り、命拾いしました。次に、瞽叟は舜に井戸を掘らせ、舜が深く入ったところで、弟の象と共に、上から土を落として、生き埋めにしようとします。しかし舜は、あらかじめ掘っておいた横穴から抜け出して、難を逃れました。命を奪われかけたのです。それでも——舜は、その後もなお、父の瞽叟に仕え、弟を愛することを、ますます慎み深く続けた(復事瞽叟愛弟彌謹)のです。ここに、逆境における徳についての教訓があります。第一に、たとえ肉親や身近な者から、ひどい仕打ち——命を狙われるほどの——を受けてもなお、恨みで報いず、誠実と徳を尽くし続ける、その並外れた寛容と忍耐。舜の孝は、順境での孝ではなく、殺意という極限の悪意に対してさえ貫かれた孝だった。第二に、相手が悪意を持っていても、それに悪意で応じれば、悪の連鎖が続くだけだということ。舜は、悪意に善意で応じ続けることで、その連鎖を断とうとした。「怨みに報いるに徳を以てす」の実践である。第三に、ただし、舜は、無抵抗に殺されたのではなく、用心して身を守りながら(笠で防ぎ、横穴から逃げ)、そのうえで、なお誠実を尽くしたということ。徳とは、自らを危険にさらす無謀ではなく、賢く身を守りつつ、悪意に呑まれない強さである。組織や人間関係で、ひどい仕打ちを受けてもなお恨みで報いない寛容を持つこと、悪意に善意で応じて悪の連鎖を断とうとすること、そして賢く身を守りつつ悪意に呑まれない強さを保つこと——舜の孝は、逆境における徳の力を、深く教えます。ただし、これは理不尽な虐待に無条件で耐えることを勧めるものではなく、極限の悪意の中でも人としての誠実を失わなかった、聖人の稀有な example として受け止めるべきものです。