慎思録 / 巻之六
醫以通世變順時宜爲良。不可拘泥于古法而執滯。復不可背戾于古義。譬諸耕稼之法。用天之道。因地之利。可謂良農。苟泥于一定之法。不可爲良農。君子之立敎亦然。
新字:医以通世変順時宜為良。不可拘泥于古法而執滞。復不可背戻于古義。譬諸耕稼之法。用天之道。因地之利。可謂良農。苟泥于一定之法。不可為良農。君子之立教亦然。
書き下し
医は世変に通じ時宜に順ふを以て良と為す。古法に拘泥して執滞すべからず。復た古義に背戻すべからず。諸を耕稼の法に譬ふれば、天の道を用ゐ、地の利に因る、良農と謂ふべし。苟も一定の法に泥めば、良農と為すべからず。君子の教へを立つるも亦然り。
現代語訳
医者は世の変化に通じ、時宜に従うことをもって良いとします。古い方法にこだわって滞ってはいけません。また古い意義に背いてもいけません。農業のやり方に譬えれば、天の道を用い、地の利に従うのが良い農夫と言えます。もし決まったやり方にこだわれば、良い農夫とは言えません。君子が教えを立てるのもまた同じです。
解説
医術も農業も教育も、古法にこだわらず、しかも古い意義に背かず、時と所に応じて行うのが良いと説く条です。「天の道を用ゐ、地の利に因る」は『孝経』庶人章の語です。益軒は医学と本草学に通じ、『養生訓』でも古方を尊びつつ日本の風土や体質に合わせることを説き、『農業全書』の刊行にも協力しました。原則を守りつつ状況に合わせて変えることは、どんな専門職にも求められる姿勢です。マニュアルは出発点であって終着点ではありません。
この章句が説くこと
時宜医農教え柔軟
関連する章句
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段一も捨てず一に泥まず、能く用ふるは名医なるべし。一方に泥み滞りて、時の変を知らざるは、名医とはいふべからず。天下国家を治むる道もかくの如し。古より有り来たる法を一として捨てず、一に泥まざるは、名医の諸薬を捨てずして、病を治するに同じ。天下国家を治むるに、儒道は善しといふとも、心闇くして泥むことあらば、必ず害あらん。是れ庸医の、人参を以て人を殺すが如し。金屑、眼に入る時は、忽ち翳となる。又仏法信仰するは、心を悟るためなり。仏法を以て得る心と、儒道を以て得たる心と、心に二品の替りあらんや。何の道にて心を得るとも、其の心を以て仁政を行ひ、天下国家を治め給ふに、何を以て害あらん。自ら悪を為し、刑罰にて死する者は、君の私を以て殺し給ふに非ず、何ぞ刑罰に心あらんや。書に曰く、自ら作せる災は活くべからず。聖人の政は天のごとし、無為にして治まる。刑鞭蒲朽ちて蛍空しく去り、諫鼓苔深くして鳥驚かずといへり。
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『囲炉夜話』第二百九則・做作の氣有れば本色の人に非ず執滯の心無くして、才かに是れ通方の士なり。做作の氣有れば、便ち本色の人に非ず。
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孫子・九地篇兵の情は速きを主とす。人の及ばざるに乗じ、不虞の道に由り、その戒めざる所を攻むるなり。
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『酔古堂剣掃』集法・宋人の道學に執する莫かれ世には理の必し難き所の事多し、宋人の道學に執する莫かれ。世には情の通じ難き所の事多し、晉人の風流を說く莫かれ。
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