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都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段

一モ舍ズ一ニ泥ズ、能用ルハ名醫ナルベシ、一方ニ泥滯リテ、時ノ變ヲ不知、名醫トハイフベカラズ、天下國家ヲ治ル道モ如斯、古ヨリ有來ル法ヲ一トシテ舍ズ、一ニ泥ザルハ、名醫ノ諸藥ヲ舍ズシテ、病ヲ治スルニ同ジ、天下國家ヲ治ルニ、儒道ハ善トイフトモ、心闇シテ泥ムコトアラバ、必害アラン、是庸醫ノ、人參ヲ以テ人ヲ殺ガ如シ、金屑、眼ニ入時ハ、忽翳トナル、又佛法信仰スルハ、心ヲ悟ルタメナリ、佛法ヲ以テ得ル心ト、儒道ヲ以テ得タル心ト、心ニ二品ノ替リアランヤ、何ノ道ニテ心ヲ得ルトモ、其心ヲ以テ仁政ヲ行ヒ、天下國家ヲ治メ玉フニ、何ヲ以テ害アラン、自惡ヲ爲、刑罰ニテ死スル者ハ、君ノ私ヲ以テ殺シ玉フニ非ズ、何ゾ刑罰ニ心アランヤ、書曰、自作災不可活、聖人ノ政ハ天ノゴトシ、無爲ニシテ治ル、刑鞭蒲朽螢空去、諫鼓苔深鳥不驚トイヘリ、

新字:一モ舎ズ一ニ泥ズ、能用ルハ名医ナルベシ、一方ニ泥滞リテ、時ノ変ヲ不知、名医トハイフベカラズ、天下国家ヲ治ル道モ如斯、古ヨリ有来ル法ヲ一トシテ舎ズ、一ニ泥ザルハ、名医ノ諸薬ヲ舎ズシテ、病ヲ治スルニ同ジ、天下国家ヲ治ルニ、儒道ハ善トイフトモ、心闇シテ泥ムコトアラバ、必害アラン、是庸医ノ、人参ヲ以テ人ヲ殺ガ如シ、金屑、眼ニ入時ハ、忽翳トナル、又仏法信仰スルハ、心ヲ悟ルタメナリ、仏法ヲ以テ得ル心ト、儒道ヲ以テ得タル心ト、心ニ二品ノ替リアランヤ、何ノ道ニテ心ヲ得ルトモ、其心ヲ以テ仁政ヲ行ヒ、天下国家ヲ治メ玉フニ、何ヲ以テ害アラン、自悪ヲ為、刑罰ニテ死スル者ハ、君ノ私ヲ以テ殺シ玉フニ非ズ、何ゾ刑罰ニ心アランヤ、書曰、自作災不可活、聖人ノ政ハ天ノゴトシ、無為ニシテ治ル、刑鞭蒲朽蛍空去、諫鼓苔深鳥不驚トイヘリ、

書き下し

一も捨てず一に泥まず、能く用ふるは名医なるべし。一方に泥み滞りて、時の変を知らざるは、名医とはいふべからず。天下国家を治むる道もかくの如し。古より有り来たる法を一として捨てず、一に泥まざるは、名医の諸薬を捨てずして、病を治するに同じ。天下国家を治むるに、儒道は善しといふとも、心闇くして泥むことあらば、必ず害あらん。是れ庸医の、人参を以て人を殺すが如し。金屑、眼に入る時は、忽ち翳となる。又仏法信仰するは、心を悟るためなり。仏法を以て得る心と、儒道を以て得たる心と、心に二品の替りあらんや。何の道にて心を得るとも、其の心を以て仁政を行ひ、天下国家を治め給ふに、何を以て害あらん。自ら悪を為し、刑罰にて死する者は、君の私を以て殺し給ふに非ず、何ぞ刑罰に心あらんや。書に曰く、自ら作せる災は活くべからず。聖人の政は天のごとし、無為にして治まる。刑鞭蒲朽ちて蛍空しく去り、諫鼓苔深くして鳥驚かずといへり。

現代語訳

一つも捨てず、一つにとらわれず、よく用いるのが名医でしょう。一つの方法にとらわれて時の変化を知らないのは名医とは言えません。天下国家を治める道も同じです。昔からある法を一つも捨てず、一つにとらわれないのは、名医があらゆる薬を捨てずに病を治すのと同じです。天下国家を治めるのに、儒道が良いといっても、心が暗くてとらわれれば必ず害があります。それは下手な医者が人参で人を殺すようなものです。金の粉も、眼に入ればたちまち曇りになります。また仏法を信仰するのは心を悟るためです。仏法で得る心と儒道で得た心とで、心に二種類の違いがあるでしょうか。どの道で心を得ても、その心で仁政を行い天下国家を治められるのに、何の害があるでしょう。自ら悪をなして刑罰で死ぬ者は、君が私情で殺すのではありません。刑罰に私心などあるでしょうか。書経に「自ら招いた災いからは逃れられない」とあります。聖人の政治は天のようで、何もしないようでいて治まります。「刑罰の鞭は蒲が朽ちて蛍もむなしく去り、諫めの太鼓は苔が深くて鳥も驚かない」と言います。

解説

「一も捨てず一に泥まず」は梅岩の方法論を一言で表した句です。どの教えも捨てないが、どれにも固執しない。良薬の人参でも使い方を誤れば人を殺し、貴い金の粉も眼に入れば害になるように、儒道でさえ心が暗ければ害になると言います。心を得た君主なら、罪を犯した者を罰するのに私情はなく、刑罰は本人が招いた結果にすぎない。書経太甲篇(孟子も引く)の「自ら作せる孽は活くべからず」がその根拠です。最後の対句は、刑罰も諫言も要らないほど治まった世をうたう古い詩句です。

この章句が説くこと

柔軟名医仁政刑罰

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