囲炉夜話 / 第二百九則・做作の氣有れば本色の人に非ず
無執滯心,才是通方士。有做作氣,便非本色人。
新字:無執滞心,才是通方士。有做作気,便非本色人。
書き下し
執滯の心無くして、才かに是れ通方の士なり。做作の氣有れば、便ち本色の人に非ず。
現代語訳
こだわって滞る心がなくて、はじめて道に通じた人と言えます。わざとらしい気取りがあれば、もう飾らない本来の人ではありません。
解説
人のあり方の二つの病を、短く言い当てた対句です。執滞とは、一つの考えやこだわりに固まって動けなくなることです。通方の士とは、道に通じて、どんな場面にも応じられる人を言います。こだわりがなくなって初めて、そう呼べるというのです。下の句の做作とは、わざとらしくふるまい、人目を意識して飾ることです。本色の人とは、生地のままの、飾らない人です。心の固さと態度の飾りを、どちらも自然体を損なうものとして並べています。前例に固執したり、よく見せようと気取ったりしがちなときに、肩の力を抜く意味を教えてくれます。
この章句が説くこと
柔軟自然体執着処世修身
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