慎思録 / 巻之六
人之爲學也。得壽不久。則雖才敏。不能大長進。君子一日在世。則有一日之功。一年在世。則有一年之功。其長生豈可不樂乎。晩年之所得。最超越于壯歲。葢壯歲所見粗糲。晩年所得精密。君子之所用功。年年進而不休。苟得壽悠久。則其所進亦須無窮。朱子曰。某講學。幸而天假之年。又謂。呂與叔惜乎壽不永。某若只如呂年。亦不見到此田地。葢朱子卒年七十一歲。晩年悅其享壽之永久。而聞道之大進。且惜呂與叔之短命。然則雖朱子之賢。其學之大進者。因壽考而然。葢義理之學深奥。非淺見薄識之可造。非用力刻苦。歷歲悠久。則雖有聰明之人。不能造其精微。故必待其年齒到耆老。經歷之久。而後長進。嗚呼學者之享年壽考。可謂自天祐之。厚而多福也。
新字:人之為学也。得寿不久。則雖才敏。不能大長進。君子一日在世。則有一日之功。一年在世。則有一年之功。其長生豈可不楽乎。晩年之所得。最超越于壮歳。葢壮歳所見粗糲。晩年所得精密。君子之所用功。年年進而不休。苟得寿悠久。則其所進亦須無窮。朱子曰。某講学。幸而天仮之年。又謂。呂与叔惜乎寿不永。某若只如呂年。亦不見到此田地。葢朱子卒年七十一歳。晩年悦其享寿之永久。而聞道之大進。且惜呂与叔之短命。然則雖朱子之賢。其学之大進者。因寿考而然。葢義理之学深奥。非浅見薄識之可造。非用力刻苦。歴歳悠久。則雖有聰明之人。不能造其精微。故必待其年歯到耆老。経歴之久。而後長進。嗚呼学者之享年寿考。可謂自天祐之。厚而多福也。
書き下し
人の学を為すや、寿を得ること久しからずば、則ち才敏なりと雖も、大いに長進すること能はず。君子は一日世に在れば、則ち一日の功有り。一年世に在れば、則ち一年の功有り。其の長生、豈に楽しまざるべけんや。晩年の得る所は、最も壮歳に超越す。蓋し壮歳の見る所は粗糲にして、晩年の得る所は精密なり。君子の功を用ゐる所は、年年に進みて休まず。苟も寿を得ること悠久なれば、則ち其の進む所も亦須らく窮まり無かるべし。朱子曰く、某講学す、幸ひにして天之に年を仮すと。又謂ふ、呂与叔は惜しいかな寿永からず、某若し只だ呂の年の如くならば、亦此の田地に到るを見ずと。蓋し朱子の卒年は七十一歳、晩年其の享寿の永久にして、道を聞くことの大いに進むを悦び、且つ呂与叔の短命を惜しむ。然らば則ち朱子の賢と雖も、其の学の大いに進む者は、寿考に因りて然り。蓋し義理の学は深奥にして、浅見薄識の造るべきに非ず。力を用ゐること刻苦にして、歳を歴ること悠久なるに非ずば、則ち聡明の人有りと雖も、其の精微に造ること能はず。故に必ず其の年歯耆老に到り、経歴の久しきを待ちて、而る後に長進す。嗚呼学者の年を享け寿考なるは、天自り之を祐くと謂ふべし。厚くして多福なり。
現代語訳
人が学問をするとき、長生きしなければ、才気があっても大きく進歩することはできません。君子は一日世にあれば一日の働きがあり、一年世にあれば一年の働きがあります。長生きをどうして楽しまずにいられるでしょうか。晩年に得るものは、壮年のころをはるかに超えます。思うに壮年のころの見方は粗く、晩年に得るものは精密です。君子の努めは年々進んで休みません。もし長く生きれば、その進むところも窮まりがないはずです。朱子は「私が学問を講じてこられたのは、幸いに天が年月を貸してくれたからだ」と言い、また「呂与叔は惜しいことに長生きしなかった。私がもし呂の年齢までしか生きなかったら、この境地に至るのを見ることはなかっただろう」と言いました。朱子は七十一歳で亡くなりましたが、晩年、長生きして道を聞くことが大いに進んだのを喜び、呂与叔の短命を惜しんだのです。そうだとすれば朱子のような賢者でも、学問が大いに進んだのは長寿によるのです。思うに道理の学問は奥深く、浅い見識や薄い知識で到達できるものではありません。苦労して力を尽くし、長い年月を経なければ、聡明な人でもその精微に至ることはできません。だから必ず年が老境に達し、経験を長く重ねてから進歩するのです。ああ、学ぶ者が長寿を得るのは、天が助けてくれたと言うべきです。手厚く、福が多いのです。
解説
この章句が説くこと
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